February 24, 2009

Problem Solving Kids

Problem_solving_kids先日スキーに行く際、道中に何か読む本はないかと東京駅構内のブックストアを覗いたところ、店頭に平積みになっていた「世界一やさしい問題解決の授業」(渡辺 健介 著 ダイヤモンド社刊 )を購入。自らの経験でタイトルからその内容はほぼ想像できたのだが、以前からチョット気になっていた本である。2007年6月に初版発行で同年11月に11刷まで版が重ねられており、教育・ビジネス書としてはベストセラーである。

その内容はコンサルティング会社や外資系企業ではお馴染み(というか常識)の「問題解決手法」を子供のうちから身につけるために、(小)中高生向けに身近な課題を使ってワークショップ風に展開している。問題の要因を分析するためのツリー状に下位に展開する方法、要因を4象限にプロットしてのマトリクス分析、要因ごとのPrioritization(優先順位の決定)、情報収集及び仮説の立て方とその検証、アクションプランの作り方・・・、などをターゲット層の年代でも分かりやすく書かれている。しかし「問題解決手法」の基本はしっかり押さえている。当然のことであるが、ここで言う「問題解決」とは「目的達成」とイコールである。

著者の渡辺 健介氏は1999年イェール大学を卒業し後マッキンゼー・アンド・カンパニー東京オフィスに入社。2005年ハーヴァード・ビジネス・スクールを卒業しマッキンゼーのニューヨーク・オフィスに移籍する。マッキンゼーで受講した体系的な”Problem solving skill”のトレーニングの考え方を子供たちに広めることを志して同年退社し、デルタスタジオを設立した。現在、小学生から社会人までに対して研修プログラムを提供している。

「問題解決能力」は現代のビジスネにおいて有効かつ必要なスキルであるが、これを子供の頃から勉強・クラブ活動など日常生活において問題解決や目的達成のために「考え抜き、行動する癖」としてを習慣化することは、自ら将来を切り開いていく能力を人生の早い段階から身につけるということになる。モノゴトに潜んでいる本質的な要因を分析し理解する能力を開発することにもなる。

100ページ強の本で小学生高学年でも分かるように書かれているが、子供向けということに変なわだかまりを持たず素直に読めば「目から鱗」の大人もかなりいるはずである。この内容と考え方に賛同した塾高野球部上田監督の要請で一昨年に野球部員向けのワークショップが開催され、2008年からは「世界一やさしい問題解決の授業」が幼稚舎と塾高(選択)で実施されているそうである。

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December 13, 2007

Sense of Proportion

k-flag2先週、「理想の一貫教育」と題された第685回 三田演説会(於:三田演説館)の講演を聴講してきた。今回のスピーカーは現在、帝京大学文学部教授、本塾名誉教授である小田卓爾氏。小田さんは本塾文学部教授を務める間に、中等部長、ニューヨーク学院長を兼務・歴任され、現在は帝京大学中学校・高等学校長も兼任しておられる。この経歴からも解るように、小田さんは中世英文学・中世英国史の碩学であるとともに、初等・中等教育にも非常に造詣が深い方である。

小田さんの講演の結論を先に言ってしまえば、慶應義塾の一貫教育というシステムは画期的な”優れモノ”であり、今後の日本の初・中等教育において一つの規範たり得るモデルであるということである。

塾一貫教育校と現在の帝京大学中・高校長の体験を踏まえて、現在日本の一般的な初・中等教育は「出世街道」を目指す「しぼり込み型」(はじき出し)教育であり、その「しぼり込み」の手段が入学試験であると述べておられる。入学試験も出題者主導の意向が反映された問題であり、正誤に関しては受験側の個人の見解は問われない。競争相手は「個人」ではなく「他人」となりその中での勉強と教育の目標は、「何を学ぶか?」よりも「いかにして有名校(最終的には大学)に入るか?」ということになる。その結果として、少数の優越感を持った人間と多数の劣等感を持った人間が大学に集まるという状態になっている。この「しぼり込み型」教育に対して小田さんは”Vicious Circle”というかなり過激な表現をされていた。

一方、慶應義塾の一貫教育に対して、小田さんは「抱き込み型」という言葉を充てておられた。小学校である幼稚舎を出発点として、中学(普通部、中等部、藤沢中等部)・高校(塾高、志木高、女子高、藤沢高等部、NY学院)・大学と上級の各学校において内部進学者の他に外から生徒・学生を招き入れ(抱き込み)、「末広がり型」の一貫教育校の体制をとっている。ごく一部の例外を除いて、幼稚舎の時点からほぼ全員が本塾大学に入学し卒業することを前提としているので、どの一貫教育校でも「受験勉強」とは無縁な教育目標を立てることができる。

近頃その数を増やしている殆どの中高一貫教育校(小田さんが現在校長を兼任されている帝京大学中学・高校はその典型)は大学受験を前提としているので、その学校の評価基準は必然的に「よい大学」への進学実績に成らざるを得ず、受験競争を勝ち抜くスキル向上のための教育に最重点が置かれる。小田さんは高校として世間の名声を勝ち得る方法は東大を筆頭とした「よい大学」への進学率を高めるか、野球で甲子園に出場を果たすかの2つしか方法はないと述べておられる。(このような事情と少子化という背景が私学経営において、野球(スポーツ)特待生制度に執心せざるを得ない学校が存在する理由となっている。因みに、帝京大学高校の前身はかつて野球名門校の一つであった帝京商業であるが、現在は硬式野球部は存在していない。)

「よい大学とは?」を極端に定義すると東大・早稲田・慶應ということになり、その意味で入学者数で圧倒的に最も高い実績を上げている高校は受験のない早・慶の附属・系属・一貫教育校ということになるそうである。近年「よい大学」への進学実績を上げてきた帝京大学中学・高校では「大学(帝京)には全員推薦します。従って、安心して他大学を受験できます」というキャッチ・フレーズを掲げているそうであるが、小田さんは「(残念ながら)本校から帝京大学への進学者は今年はゼロでした」と苦笑しながら語っておられた。

小田さんは早稲田実業が初等部を開校して本塾と同様な大学までの一貫教育体制を完成したことを評価されていたが、慶應は「末広がり型」であることに対して早稲田は「ずん胴型」であると評しておられた。塾の一貫教育校が敢えて「附属」という言葉を使わないのは、大学を頂点とした附属校という位置づけではなく、各校が慶應義塾を構成する一員でありそこに上下関係はないという暗黙の認識に立っているからである。嘗て、これを象徴することとして幼稚舎から大学まで「授業料」という名目の費用が全て同じという時代があった。従って、学校法人の名称も早稲田は「早稲田大学」であるが、慶應は「慶應義塾」でありその考え方の違いが表れている。

慶應義塾の一貫教育の最大の特徴は「どの大学に行くか?」ということから解放されているため、「そこで何をするか?」ということに重点を置いた教育が可能であるといえる。端的に言えば「今を楽しみ、先を考える」という教育であり、小田さんはそれを福澤先生がそれまで築地鉄砲州にあった「家塾」を芝新銭座に移し「慶應義塾」と命名した際に執筆された「慶應義塾の記」の中で「宋史」から引用された『自我作古』(我より、いにしえをなす)という「パイオニア精神」を意味する言葉が象徴していると述べておられた。慶應の「末広がり型」が「ずん胴型」にはないメリットとして、内部進学生と外部進学生が交わることにより価値観の交換が行われ、さらに上級学校でその内部生がばらまかれ多様な才能を育む環境(「抱き込み」と「ばらまき」)を形成していることを挙げておられた。

さらに、慶應義塾の一貫教育各校は創立者である福澤先生の理念を共有をしつつも、各校独自の教育目標を持っており所謂「金太郎飴」のような状況に陥ってはいない。小田氏はかつて文学部教授と兼任されていた中等部やニューヨーク学院の教育目標やミッションを例に挙げてこれを説明されていた。

小田さんが英文学者と教育者という観点から最も影響を受けた作品の一つであるジェームズ・ヒルトンの「チップス先生さようなら」(Goodbye, Mr.Chips)の中から、「(パブリック・スクールにおいて)何をおいても教え込まなければならないものは『平衡の感覚』(Sense of Proportion)であって、その意味においては、ラテン語もギリシャ語も化学も工学も実はそれほど重要ではない。」という下りや、氏の文学部時代の恩師であった池田潔教授の「自由と規律」から、「パブリック・スクールでは、クリケットの試合に最高点を獲ったものは学生間の英雄であっても、全課目に『優』を並べたものが崇敬の的となるとは限らない。スピーチ・デイの表彰式にはこの両者合い並んで授賞されるが、拍手歓呼の声にはおのずから強弱の差がある」という文章を紹介されていた。

サッチャリズムの影響で「競争」原理が学校教育にも導入された英国(イングランド)ではパブリック・スクール等の大学への進学実績が公表されているが、オックス・ブリッジ(OxfordとCambridge)入学者多数校が必ずしも超一流校と認識はされていない。この順位では必ずしも高くはないイートン、ハーロウ、ラグビーなどの歴史あるパブリック・スクールが超一流の名門校であるという世間の評価は揺らいではいないそうである。因みに「義塾」とはパブリック・スクールの訳語である。

大学への進学を約束された一貫教育は「エスカレータ」「ぬるま湯体質」「勉強を熱心にしない」など世間の厳しい批判の声も聞くが、それを上回る数々の長所があることを今回確認することができた。

小田さんは堅苦しさを全く感じさせないそのお人柄がよく表れた柔らかな語り口で講演され、あっという間の1時間半であった。今回の三田演説会では今年の掉尾を飾る名講義に出会うことができた。

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