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June 30, 2005

The FIFA Confederations Cup Germany 2005 ~ 3rd place match Germany vs. Mexico

Germany 4 vs. 3 Mexico

しぶとく強かな試合運びをするにメキシコに対するホスト・チームである若いドイツ、3位決定戦としてはとても面白い試合だった。

オフェンスに関してはお互いの持ち味が良く出た試合内容だった。試合開始早々は攻めあぐねていたドイツであるが、徐々に相手との距離感を把握していき延長戦を含めてあの堅守を誇ったメキシコから4得点。しかも、後半開始早々のハンケの退場で1人少ないことを考慮すれば若いチームとしては上出来だったといえる。10人になってからも、守りに回らず(というか、それが出来る試合展開ではなかったのだが)、終始攻撃的な姿勢を見せたことは評価できる。結局、メキシコには一度もリードを許さなかった。

一方のメキシコは、攻撃面では如何にも「らしい」展開で3得点したのだが、これまで大会を通して2得点しか許していなかったディフェンスがドイツにこれだけやられるとは予想していなかった(ドイツのディフェンスはほぼ予想通り)。やはり、準決勝でのアルゼンチンとの激闘とここにきて薄くなってしまった選手層が応えたと見える。今回のコンフェデ杯では、個々の持つ確かなテクニックを土台にしてコンパクトなサッカーを展開していたメキシコは、圧倒的な個人技を持つ選手を擁したチームと対峙してもそのアドヴァンテージを失わせるスタイルが通用することを我々に教えてくれた。

もう一つこの試合で感じたことは、若いドイツ・チームにおけるバラックの南米のスター選手とは全く趣を異にした存在感である。バイエンル・ミュンヒェンにおいてその言動が云々されることがあったが、今回の彼のプレイ振りからも見て取れるキャプテンシーの発揮は素晴らしものがあった。この大会で最も得るものが多かったのは、ドイツ・チームであったことは間違いない。


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June 27, 2005

The FIFA Confederations Cup Germany 2005 ~ Semi-finals

コンフェデ杯とはいえ(個人的には、フレンドリー・マッチ+α程度の位置づけ)、準決勝ともなると流石に勝ち進んだチームには気合いが入ってか試合内容は俄然濃くなってきた。

Germany 2 vs. 3 Brazil

現在のブラジルに対等に渡り合うには、未だそのスタイルが確立されていない若手主体のドイツであるが、予想以上に健闘した。グループ・リーグで引き分けたとはいえアルゼンチンにはかなり力の差を見せつけられたドイツであるが、ブラジル相手にかなり精力的に動き回った。

同点で迎えた後半開始からボールを支配し、ブラジル・ゴールに向かって攻め込むものの決定的なシーンを作り出すことは出来ず、ここいらへんが現在のドイツの限界のようである。対するブラジルは、全体的に「速いサッカー」は展開しないが、局面でのボール・キープ力と一気の突破力は流石に目を見張るモノがある。

ドイツのディフェンスがズタズタに切り裂かれたという印象はなかったが、アドリアーノの個人技に負うところによるゴールが決まり、これで結局決勝点となった。

クリンスマン率いるドイツは恐らく黄金の70年代前半の、強く・美しいイメージのチーム作りを目指しているのであろうが、未だその途上であると言わざるを得ない。しかし、これから2006W杯に向けて予選を免除されているドイツは最も「伸びしろ」の大きなチームになる可能性も秘めているような気もする。

 

Mexico 1 vs. 1 Argentina(PSO 5 vs. 6)

>今大会出場チームで質・量ともに最も高いレヴェルの選手を揃えたのがアルゼンチンであることは間違いない。一方のメキシコは、ヨーロッパのビック・クラブで活躍選手は少ないものの、グループ・リーグではジャパンには殆ど試合をさせてくれず、ブラジルを破り絶好調。どちらも攻守に高いバランスを持ったチームであり、今大会随一の好ゲームが期待された。

実際にゲームが始まってみると攻撃力のアルゼンチン、守備のメキシコという図式となっていた。中央突破、サイド攻撃と手を変え品を変えゴールを割ろうとするアルゼンチンであるが、堅いメキシコのディフェンスを崩すことが出来ない。ボール・ポゼッションでは劣るメキシコもアルゼンチン・サイドに巧みなボール捌きで攻め込むもこちらのディフェンスもやはりかなり頑強。

バルサ復帰への熱望が消えそうなことへのイライラが募ってかサヴィオラが蹴りを入れて一発退場、しかしマルケスも2枚目のイェローで退場し、90分の終了直前10人対10人になったがスコアレスで決着がつかず延長戦に突入。

延長前半終了直前に左サイドから攻め込んだメキシコがサルシドがドリブル突破で強引にゴール。これで決まりかという雰囲気が漂ったのだがアルゼンチンは怒濤の反撃を開始し、延長後半開始後フィゲロアの執念ともいえるシュートが決まって1対1となり、PK戦へともつれ込みこれまた非常にレヴェルの高いPKを放ち合った結果アルゼンチンが5対6でこのゲームを制した。

内容的には、その持ち味を充分に発揮したメキシコに分がある展開であったが、ここ一番でのアルゼンチンの集中力と執念も凄みがあり、非常にハイ・レヴェルのゲームを楽しむことが出来た。

決勝戦は南米頂上対決ということになったが、メキシコのDFよりもブラジルに通用するであろうコネッホが出場できないアルゼンチン、新クァルテットの中でこれまで精彩を欠いているカカが復活すればブラジルがやや有利かも?


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June 23, 2005

The FIFA Confederations Cup Germany 2005 ~ Brazil vs. Japan

Brazil 2 vs. 2 Japan

試合結果だけをみると、絵に描いたような予定調和の結末であった。ジャパンにとっては「王者ブラジルに対し大健闘、惜しい引き分け!」、ブラジルにとっては「格下相手に手こずるものの、準決勝へ進出」と、実質的な果実は結局格上チームに持って行かれたワケであるが・・・。

ブラジルが相手のレヴェルに合わせた戦い方をするというのは理解できるのだが、ジーコ・ジャパンと呼ばれている現在の我がA代表は誠に不思議なチームである。個々の能力、チーム力ともに現時点では遙かに勝っているブラジルに対し今回のような結果の残せるパフォーマンスを見せたかと思えば、ご存じの通りW杯アジア予選は突破したものの試合内容では一次予選からかなりギリギリな展開で我々をハラハラさせてくれた。この夏開かれる「東アジア選手権」ではいったいどのようなパフォーマンスを見せてくるのであろうか?これによってホントの意味で一皮剥けてアジア・レヴェルを抜けたチームになったかどうかが分かるであろう。

現在のジャパンにとっては、今回のメキシコのようにボールを積極的に絡め獲りにくるチームより個人技では圧倒的に優れてはいるがマトモに突っかかってこないブラジルの方がある意味戦いやすかったのかもしれない。その出来不出来の落差が大きい中村は今回は良い方に転がり、ワールド・クラスのパフォーマンスを見せてくれた。彼の今後の課題はテクニックの向上ではなく、精神的(あるいは体力的)な上積みであることは間違いない。

一方のブラジル、DFは相変わらず超一流とはいえないが、ロナウジーニョを中心とした攻めは正にファンタスティック!なんの問題もなし。現チームの編成でロナウドを切ったのは正解だったといえる。

それにしても、選手起用に関するジーコの頑固さ振りは如何なものであろう?彼の心中には、現在の選手の状態は全く眼中にはないようで、その起用するプライオリティは公式のように決まっているように見える。茂庭も呼ばれてはみたものの、わざわざドイツまで何しに行ったんだろう?

これはあくまでもシロートのレヴェルのぼやきであり、実際にはこの監督に来年のドイツは託するしかないのであろうが、このブラジル戦を観たあとでも前回を上回る2006W杯の予選突破は容易ではないという想いは変わらなかった。


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June 22, 2005

The FIFA World Youth Championship Netherlands 2005 ~ Morocco vs. Japan

Morocco 1 vs. 0 Japan

無勝利で予選突破を果たした我がU20、モロッコを相手に今大会でのベスト・パフォーマンスを見せてくれた。前半はサイドからの積極的な攻撃も見せ、自陣でのミスもあったがDFは落ち着いて対処していた。ハードラックにもシュートがポストとバーに弾かれる。

後半は、体力にきつくなってきたためか選手交代で活路を見出したかったようだが、はっきり言ってこれが裏目に出た。中盤での主導権はモロッコに移っていった。そしてロスタイムに不用意なバックパスから致命傷となる1点を献上して、敗戦。延長戦に行く積もりだったのか、90分で決める積もりだったのかベンチとピッチで意思統一が図られていたのであろうか?

たら、ればではあるが、勝てた試合だったようにも見える。しかし、スタッツを検証してみると、ボールポゼッションでは互角、シュート数はモロッコ 12 vs.ジャパン 10であるが、枠を捉えたシュート数はモロッコ 7 vs. ジャパン 3という数字がこの試合の結果を如実に表しているような気がする。サッカーの神様は普通はより多くのチャンスを作った方に微笑むものである。

予選では勢いを感じさせた中国はドイツに、シリアはブラジルに敗戦し、アジア勢は全滅し、来年のドイツでの結果如何では2010W杯のアジア出場枠に暗雲が垂れ込めてきた気配を感じる。

「アテネ経由ドイツ」が殆ど見えない現在、恐らく「北京経由南アフリカ」を目指しているであろう選手達個々人の心情を伺い知ることは出来ないが、今回のワールドユースでは「世界」レヴェルを体感するには良い機会ではあったが、挫折感がそれを上回らなかったことを祈るばかりである。



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June 20, 2005

The FIFA Confederations Cup Germany 2005 ~ Greece vs. Japan

Greece 0 vs. 1 Japan

相手は昨年のヨーロッパ・チャンピオンとはいえ、予選では勝てる可能性が最も高いと思われたギリシア戦。2トップ4バックのジャパンはメキシコ戦のときとは打って変わって良く動くことが出来たし、パスも良く繋がった。前半からボール・ポゼッション、シュート数でも互角以上に渡り合いほぼ試合をコントロールしていたといえる。ギリシアはプレスを掛けてこないので中盤はほぼジャパンが支配していた。シュート失敗の責任を被ることを恐れてか、踏ん切りの悪いゴール前でのプレイがいくつかあった。得点機を逃し続けて、カウンターでやられるという厭な気配を感じつつも0-0で前半が終了。

後半開始早々はギリシアは中盤でのプレスを掛けてきたが、すぐ前半同様な状態に逆戻りした。それほど激しい動きはしていないはずなのに、疲労は寧ろギリシア・サイドに。玉田に代わって入った大黒が中村のパスをギリシア・ゴールにきっちり流し込み先制点をあげる。

例によって、不用意なミスも犯すのだがギリシアはそのチャンスを生かすことが出来なかった。結局そのまま1-0で今回のコンフェデ杯の初勝利を上げ予選突破の可能性を残した。

DFはゴール前に放り込んでくるタイプの攻めにはほぼ機能していた。ボール捌きでもプレスがかかっていない分メキシコ戦で散見された細かいミスも目立たなかった。それにしても、我がジャパンの左サイドからの攻めは全く機能していない。格上のチームにこれを見切られた対応をされるとなかなか厳しいものがあるような気がしてならない。

一方、ギリシアであるが昨年のポルトガルでのオリンポスの神々を総動員したような奇跡的なパフォーマンスは全く見られず、現時点ではとてもワールド・クラスのチームとはいえない。「専守防衛、一発ドカン」は全くの不発で、得意のロング・ボールやゴール前にあげるボールの精度が悪すぎ、そこからできる細工も持ちあわせていないのでチャンスらしいチャンスも生まれてこなかった。

プレイ・スタイルが違うので一概には言えないが、対メキシコ戦と対ギリシア戦でのジャパンのパフォーマンスの差はそのまま相手チームのレヴェル差と見てよいだろう。次戦で当たるブラジルに対してどの程度善戦できるかによって来年のW杯へのヴィジョン、戦略・戦術が見えてくるような気がする。いつでも勝ってもらいたいという欲求はあるが、今回のコンフェデ杯に関しては勝ち負け・予選突破は個人的にはどうでも良いことだと考えている。

ただ、どう転んでも来年のドイツでの予選突破・ベスト16進出へのハードルは2002年の時よりはかなり高いものになることは間違いない。



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June 19, 2005

The FIFA World Youth Championship Netherlands 2005 ~ Japan vs. Australia

Japan 1 vs. 1 Australia

所用で外出していたため、この試合ライヴ観戦することが出来ず、ヴィデオで見た。我がU20チーム予想通り2~3日で大きな改善は認められず、相変わらずの鈍くさいサッカーに終始していた。かなりオーストラリアに押されていたが、この若手オージー達も我が方に負けず劣らずの雑なサッカーを展開しており、GK西川のミスを突いてやっとこさの先制点。

殆ど負けを覚悟してたが、何故かオランダ、ベナン戦ではお呼びがかからなかった前田の放ったシュートがゴール。いやはや、0勝2分1敗の予選を突破で、ヤング・ジャパンはまさにギリギリ・ボーイズ振りを遺憾なく発揮してくれた。

各試合後の監督・選手のコメントだけはイッチョ前だが、明確なヴィジョンや戦略・戦術をチームで共有しているようには見えない状況で「一つでも多く試合することが経験」と言われても、甚だ説得力に欠けると言わざるを得ない。出たとこ勝負で闇雲に試合をしても今後に繋がる「経験」になることはあり得ない。



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June 18, 2005

An adoption

kafuかれこれ20年以上のお付き合いをさせて頂いている大先輩、永井永光(ながい ひさみつ)さんが義父である永井荷風に関するエッセイ『父荷風』を上梓された。ある偶然で知遇を得たのであるが、永光さんが荷風の養子で著作権継承者であるということ知ったのはその後しばらくたってからであった。

それを切っ掛けに荷風の遺した作品に親しむようになり、日記文学としての最高峰と謂われている『断腸亭日乗』のなかで荷風独特の素っ気ない記述の内容に関してお尋ねしたいことが多々あったのであるが、なまじお付き合いが長くなり大先輩という遠慮もあってかご本人を目の前にするとなかなか伺うことが出来ないでいた。

この『父荷風』では、文学者荷風というよりは人間荷風を知る意味で非常に興味深い内容が綴られている。永光さんは、荷風と永光さんの実父であり荷風の従兄弟にあたる大島一雄氏(杵屋五叟)との間の「大人の都合」で養子縁組されたわけだが、荷風とはお互いに所謂「親子」としての交わりや生活はなかった。実父が文豪として大いに尊敬していた荷風を、永光さんが当時の子供の目で見た「へんなおじさん」振りがよく描写されている。

戦中戦後にかけて永光さん一家が戦災で偏奇館焼亡後の荷風と同居していた際(これも、荷風は養父というよりは単なる同居人)の、生活者としての文豪のかなり奇矯且つ我が儘で子供じみた振る舞いで笑いをさそう逸話が記述されている。しかし、当時の永光さん一家にとっては、荷風との同居生活はそんな生やさしいものではなく「苦痛」以外何者でもなかったようであるが。

昨日、サインを頂くために永光さんにお目に掛かったのだが、現在でもこの本に書くことが憚れる逸話も多々あったようで、その一部を伺い非常に楽しい一時を過ごすことができた。偶然、出版に携わられた白水社の和気元先輩ともお目に掛かることもでき、重版が決定したことを伺った。実現するかどうかは解らないが、永光さんの実父が遺された日記『五叟遺文』の再出版もそれとなくお願いしてみた。『断腸亭日乗』と対比して読むと非常に面白いような気がする。

この「父荷風」は荷風本人のことはもとより、戦中戦後の世相や「普通の人々」の苦難に満ちた暮らしぶりを窺い知る意味でも貴重な資料であることは間違いない。

昨年、市川市が市制70周年事業の一つとして『荷風が生きた市川』を開催するにあたって、市川市長と永光さんの「大黒屋」での対談のヴィデオを見ることができる。



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June 17, 2005

The FIFA Confederations Cup Germany 2005 ~ Japan vs. Mexico

Japan 1 vs. 2 Mexico

アジアのサッカーの神様(そんなの、いるのか?)の恩寵も受けて獲得した2004アジアカップ・チャンピオンの座を引っ提げてW杯のプレ大会ともいえるドイツでのコンフェデレーション・カップに参戦したジーコ率いるジャパンA代表と北中米チャンピオンであるメキシコとの予選マッチ。

我がジャパン・チームは小野を怪我で欠くものの現時点でのほぼベスト・メンバーであり、W杯進出も決定しておりメンタル的には後顧の憂いなくコンフェデ杯に集中できる状況であることはご承知の通りである。

一方のメキシコは現在W杯北中米予選を4勝1分で首位に立っており、余程の番狂わせでも無い限り来年は確実にドイツにやって来るチームである。但し、今回のコンフェデ杯初戦には主力メンバーの一部(クラブ・チーム「グアダラハラ」がリベルタドーレス杯のトーナメントに出場しているため)は間に合わなかった。

今回のコンフェデ杯では、アジア予選を突破できる力をつけたジャパンがブラジル、アルゼンチンなどの突出した超一流チームは別格として、ナショナル・フラッグを背負ったワールド・クラスのチームに対してどのような内容の試合が出来るのかに注目していた。

このメキシコ戦を見て、個人的な結論を先に言ってしまえば、我がジャパンA代表は自分たちのサッカーのスタイルを未だ確立しているとは言い難く、現在のままではワールド・クラスのチームに対して渡り合えるだけのチーム力は持ち合わせていないと言わざるを得ない。

その点、ワールド・クラスのチームとは言えない(昨年のヨーロッパ・チャンピオンに対して甚だ失礼ではあるが)ギリシアは、それが全ての相手に通用するしないは別にして「弱者が勝つ可能性を追求した」スタイルを確立している。個人的には見ていてもちっとも楽しくなく全く好きにはなれないがゴール前に「白い壁」を作り、負けないサッカーを目指す徹底振りは大したものである。

寡聞にしてジーコがどのようなスタイルを目指しているのを見聞きしたことがないのだが、今回のメキシコ・チームが現ジャパンのA代表の候補選手達の資質を考慮すると、目指すべきプレイ・スタイルの選択肢の一つであるようにも思われる。

一試合だけ見てそれが全てと判断するのは早計ではあるが、メキシコは強烈な個人技で局面を切り開くとか、一発のカウンターを仕掛けるとか、圧倒的なスピードを武器にするとかいう類のスタイルではなかった。マイ・ボールを大切にしてボール・ポゼッションにおいて優位に立ち、素早いパス回しで相手DFを崩しそれほど巨大なスペースを作らずともその局面から得点チャンスの数を多く獲得しようというかなり「真っ当」なプレイを展開していた。ディフェンスにおいても一対一で対応するという危険は滅多に犯さない。一見した豪快さ、派手さはないが、したたかで流石にワールド・クラスと感じさせるチームであった。

従って、やっとこさアジア予選を勝ち抜いた我がジャパンには歯が立つ相手ではなかったことは、特に試合後半を見ていれば明白であろう。一対一でいくら追い回しても、個人レヴェルでのボールの扱いでは一枚も二枚も上手なメキシコからはボールを奪うことは殆ど出来なかった。そして、あまりにも細かいミスが多すぎた。

前半のタイ・スコア、あるいはアジア・チャンピオンという称号が変に邪魔したのか良く解らないが、個人的には後半開始からもっと大胆に選手交代(例えば、最後のFW3人のように)をした方が(入りの目眩ましで)寧ろ得点チャンス(試合での勝ち負けは別にして)はあったようにも思われる。

中田が前方へ繰り出すパスが長すぎてことごとく合わなかったのだが、あれに合わせるくらいのスピードを持たない限り得点するという意味では世界には通用しないということも事実であろう。試合後メキシコの監督ラボルベがコメントの中で「日本のスピードとボールタッチに驚いた」と言っていたそうであるが、この勝利監督としての外交辞令も心得ていると感心!

さて、次は「専守防衛、一発ドッカン」のヨーロッパ・チャンピオンであるギリシア戦、我がジャパンはどんなパフォーマンスを見せてくれるのであろうか?今回は久しぶりに気楽に試合を見ることができる。このコンフェデ杯で失うものなんて何もないのだから。(でも、W杯が始まるまで既に1年を切っているので、こんなお気楽モードではいけないのかもしれないが・・・)



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June 16, 2005

The FIFA World Youth Championship Netherlands 2005 ~ Japan vs. Benin

Japan 1 vs. 1 Benin

オランダに惜敗(個人的には全くそうは思わないが)したあとを受けた、西アフリカの小国ベナン戦。オランダほどの強烈な印象はなかったが、やはりそう簡単に勝てる相手ではなかった。

それにしても、我がU20のチームは試合でいったい何をしようとしているのだろか?勿論最終目的は相手に勝利することなのであろうが、そのプレイを見ていても目指しているフィロソフィーやスタイルが全く伝わってこない。

現在のA代表も決してテンペラメントの高いチームとはいえないが、ピッチ上でのU20の選手達の様子はなお一層低く、羊さんのように温和しい印象しか感じられない。タイトルの掛かった勝負であるから、ゲームにスペクタクルなものを期待するのは酷であろうが、それにしても見ていてもちっとも面白くない。つまらないなりに結果さえ出してくれれば、それなりに納得も出来るのだが。

得点が欲しいのは解るが、中盤を省略した平山にボールを放り込むことだけに終始した単調な攻撃は全く評価できない!深夜(朝早く)に全くつまらない試合を見てしまった。



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June 11, 2005

The FIFA World Youth Championship Netherlands 2005 ~ The Netherlands vs. Japan

The Netherlands 2 vs. 1 Japan

谷間だか、盆地だか、不作だか知らないが北京オリンピックと2010年南アフリカW杯の主力・一翼を担うはずなのが今回のFIFAワールドユースに招集されたU20の選手達であろう。しかし、我がA代表がワールドカップ出場を決めた余韻も冷めやらない朝まだき、ジャパン・サッカーの将来に冷水を浴びせてくれるような試合を観てしまった。

ヤング・ダッチマン達には試合前半において、この世代の世界のトップレヴェルの持つパフォーマンスとポテンシャルを見せつけてくれた。オランダのプレイスタイルの伝統はこのチームにもしっかりと引き継がれており、ピッチをいっぱいに使った「速く、強い、美しい」サッカーを展開していた。これに勝負以上に拘ることがオランダを世界のNo.1の位置から遠ざけてきたとも言えるのだが。現在のバルサの原型がここにあるような気すら感じさせる。

相手の地元、開幕・初戦ということを差し引いても我がヤング・ジャパンとははっきり言って異次元のレヴェルにあり、一時はあの完膚無きまでにやられたブラジル戦やA代表の「サンドニの惨劇」を覚悟した。

後半は、オランダが勝利を確信してスローダウンしたのか、前半での飛ばし過ぎの疲労が出たのかは判然としないが、それまで全く機能しなかった日本のプレスが効くようになり、セットプレイから平山のヘッドで一点を返したが結局それまでだった。オランダ・チームは守りに回ると意外に脆いのも現在のバルサに似ている。

その点差と試合終了前の攻めで、「惜敗」などという言葉がメディアで喧伝されているようだが、個人的には全くそんな気分にはなれなかった。サッカーに対する独自の哲学と美学を前半だけとはいえ具現化して魅せてくれたオランダに驚嘆し我がジャパンには溜息で、かなりブルーな気分というのが試合を観ての正直な感想である。



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June 10, 2005

The Voice of the Lion

ruffo20世紀初頭に”The Singing Lion”と謳われた不世出のバリトン、ティッタ・ルッフォ(Titta Ruffo)は1877年6月10日(9日という説もある)にピサで生まれた。因みに更に22年遡った1865年6月10日にはミュンヒェンにおいてヴァグナーの『トリスタンとイゾルデ』が初演された。

ティッタ・ルッフォ(本名はRuffo Cafiero Titta)は鍛冶屋の息子として生を受け、いかにもイタリアの名歌手という多分に漏れず貧困な大家族の中で幼少期を過ごし、殆ど教育らしい教育も受けなかったと言われている。18歳のときローマにおいてその声を見いだされたルッフォはサンタ・チェチーリア音楽院で当時の大教師Venceslao Persichini(やはり名バリトンであったマッティア・バスティスティーニやジュゼッペ・デ・ルカを育てた)に就いて声楽を学んだ。

オペラ歌手としてのデビューは1898年4月9日、ローマのテアトロ・コンスタンツィでの『ローエングリン』の伝令役であった。20世紀を前にして彼はイタリア中で名声を博する新進のバリトンに成長していた。その後20世紀初頭にコヴェント・ガーデンに『リゴレット』のタイトル・ロールで招聘された際に、ジルダを歌う当時の大プリマドンナであったネリー・ネルバが彼とのリハーサル後、彼女自身が舞台での存在感において圧倒されることを危惧して(所謂「食われる」ことを恐れて)、「私の父親役には若すぎる」と共演を拒絶されたことは有名な逸話である。(一方、ルッフォも「彼女は私の娘役にしては老けすぎている」とやり返したとか。因みにメルバは1861年の生まれのオーストラリア出身の19世紀末のオペラ・ゴールデン・エイジを代表するプリマ・ドンナで、伝説と逸話の宝庫のような人でもあり、いづれ項を改めてご紹介してみたい)

ルッフォは第一次世界大戦時のイタリア陸軍の兵役に就き慰問を行ったというキャリアの中断を除いて、1931年にオペラの舞台を引退するまで最もギャランティの高いバリトンとしてMETを含め世界のオペラハウスに君臨した。

歌手生活を退いたルッフォはイタリアに帰ったが、折からのムッソリーニに率いるファシスト達と鋭く対立し、当時の社会からは排斥され第二次世界大戦が終結するまでは決して安穏な引退生活を送ることができなかったようである。彼は戦後に名誉回復され、1953年7月5日にフィレンツェで亡くなった。

ルッフォが参加したオペラの全曲録音は残念ながら残されていないようであるが、20世紀初頭からかなりの録音が残されている。”The Singing Lion”とう渾名から猛々しい歌唱を想像する向きもあろうが、彼は単に力任せに大きな声で歌いきるといった歌い手ではない。特に彼の歌うヴェルディのオペラのアリアを聴いてみれば、適切な音色のパレットを使い分け見事な心理描写を行っていることが良く解る。強靱さととともにしなやかさを併せ持つインテリジェンスすら感じさせる見事な歌唱である。恐らく、デ・ルカとともに史上最も優れたヴェルディ・バリトンの一人であったと言えよう。”The Voice of the Lion”は「王者の声」と捉えるのが適切なような気がする。

彼の歌を賞賛するする最も有名な逸話は、イタリア・オペラの巨匠の一人であるトゥリオ・セラフィンが晩年に語ったと言われている次の言葉である。

「私は生涯で三つの奇跡に出会った。それは(ローザ・)ポンセル、(エンリコ・)カルーソ、(ティッタ・)ルッフォである」



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