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May 19, 2005

The KEIO boys boost up abilities of "Enjoy Baseball"

母校慶應義塾高校硬式野球部は45年振りのセンバツ出場でベスト8の実績を元にこの春の公式戦でさらにその能力を進化させたことを実証した。

春季の神奈川県大会での準優勝、そして昨日終了した関東大会においても準優勝という見事な実績を残した。試合の詳細は、ポポさんが熱く綴るblog”ポポのがんがれ日記”をご参照願いたい。

県大会の試合は行くことができなかったのだが、関東大会は準々決勝の対銚子西高戦と準決勝の対浦和学院戦を応援席から観戦することができた。この2試合を観て確認できたことは、相変わらず打線は好調でその得点能力は非常に高いレヴェルにあることと、センバツ出場時はピッチャーは中林ひとりに頼らざるを得ない状況であったが、忠本・水野そして福山・正木・宮本(+なんと漆畑!)などのピッチング・スタッフが格段に充実してきたことである。センバツの神戸国際大付属戦以来、巷間中林の不調が伝えられていたが、実際に試合を観た関東大会では復活したように感じられた。

夏の甲子園を目指す神奈川県大会を勝ち抜くためには、中林に続くピッチッグ・スタッフは是非とも必要な戦力であることは間違いない。観戦した2試合ではチャンスを1~2度逃しても、必ずどこかで得点できるというオーラのようなものが各バッターには漂っていた。

現在の塾高のスタイルは”打ち勝つ”野球であり、所謂玄人好みする”守り勝つ”野球ではないと言えよう。相変わらず送りバントの失敗も多い。これを「大味で雑」と呼ぶか、「大らかで豪快」と呼ぶかは意見の分かれるところであろうが、個人的にはかつての広商のようなスタイルは好みではなく、肯定的に感じている。頂点に登りつめるには、一つの方法・セオリーしかないとは考えたくない。

ただ、あえて贅沢ともいえる苦言を呈すれば、「守備力」であろうか?記録上はエラーとなっていないのだが、外野の始動、内野の打球処理など明らかなミスがタイムリーに起こり遣らないでも良い点を相手与えていることが気になった。たまたま、観戦した試合では得点力でこれらのミスをカヴァーしてしまったのだが、試合経過を見る限りでは対作新学院の決勝戦で準優勝に終わった原因はこの守備力にあったように思われる。これも塾高野球らしくて良い、という意見もあるのだが個人的にはやはり頂点を目指してもらいたいと考えている。

あくまでシロートの意見であるが、この夏の県大会では所謂「剛速球」投手を擁することなどはあり得ないので、今後はこの「守備力」に磨きをかけることが塾高の”Enjoy Baseball”を真の全国区に導くキー・サクセス・ファクタとなるような気がする。

一方、我が応援席であるが流石に甲子園でのスケールはないものの、ローカル大会としては非常に充実していた。應援指導部やブラス・バンドがOBの援助(実はこれが大きいと思うが)を得て慶應カラーが出た応援を繰り広げており、身贔屓かもしれないが対戦校のそれに比べると格段にスマートで華やかであった。

選手・スタッフ、学校・応援関係者の皆さんには心からの労いの言葉を贈りたい。

神奈川を勝ち抜くことが容易なことではないことは解っているが、夏の甲子園出場を祈念しつつ・・・。(かち割り氷とやらを、一度体験してみたい)


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May 11, 2005

La méthode française de chant ~ pleurant, écorcement


近頃の弊blogのエントリは当初目論んでいた内容から大幅に逸脱しており(「擬藤岡屋」というblogタイトル的には寧ろ相応しいともいえるのだが)、オペラ・クラシック音楽の話題を期待されてご訪問頂く方々の期待を裏切り続けているので、今回は久しぶりにおフランスのオペラのお話。

先月の23日の深夜から明け方に掛けてNHK BS-2で放映されたジャン・フィリップ・ラモーの遺作オペラ「レ・ボレアード」(Les Boréades)を録画しておいたのだが、昨日まで再生して観る時間が取れなかった。

フィレンツェからルイ14世の宮廷にやって来たジャン・バティスト・リュリ(1632-1687)によってフランス・バロック・オペラは確立された。彼はフランス古典悲劇の朗誦法に則りフランス語のアクセントを重視した自らトラジェディ・リリーク(Tragedie lyrique )と呼んだ彼のオペラはメロディを重視した当時のイタリア・バロック・オペラとは明らかに一線を画する存在となった。(タイトルは忘れたが、以前読んだ白水社のクセジュ文庫の本で、「バロック音楽はフランスには存在しない、我々のは『古典音楽』だ」と言っていたのは、パイヤールだったか?)

エール(アリア)とレシタティーフの区別が判然としない瞑想的かつ叙情的なスタイルやフランス・オペラといえばバレーが必須というフォーマットもこのリュリ(バレーの踊り手としては名手だったらしく、実際にフランス宮廷へのデビューも踊り手としてだった)が確立したものである。

「レ・ボレアード」を作曲したラモーはリュリが死去する4年前の1683年にブルゴーニュはディジョンの教会オルガニストを父に生まれた人で、世代的にはリュリとは殆ど重なるところはない。オペラ作曲者として大きな名声を得たラモーはリュリの隔世の後継者であるのは間違いのないことろであるが、その生涯でオペラに手を染めた時期は意外に遅く、処女作のトラジェディ・リリーク「イポリーとアシス」を作曲したのは既に50歳を過ぎていた。それまではオルガニスト・音楽理論家として一家を為していたようである。

ラモーはオペラを30作余り作曲したと言われているが、楽譜の不備などの事情でオペラ作家というよりは、これまではクラヴサン曲集での名声が高かった。彼のオペラの作風もこのクラヴサン作品からも想像できるように、リュリに比べるとバロックというよりはロココの繊細な雰囲気が漂っている。

元々イタリアで誕生したオペラであるが、このラモーの時代にはオペラにおける歌唱法は当然のごとくイタリアン・スタイル(所謂ベルカント)が西欧音楽社会においてはデ・ファクト・スタンダードの地位を獲得していた。但しフランスだけは事情が違っていたようである。時代は前後するが、モーツァルトをはじめとしたイタリアン・スタイルの歌唱法を知る外国人たちは、体験したフランスで演じられるオペラの歌唱の酷さを一様に非難している。

当時のフランスの歌手たちはやたら大声で叫ぶ(時として吼える)という唱法で、フランス以外では全く通用するシロモノではなかったらしい。当時の百科全書派であったフランス人のジャン・ジャック・ルソーですら、その著書「新エロイーズ」の中でフランス人歌手の酷い歌唱を口を極めて罵っている。

1752年にフランスに巡演したブフォン一座のイタリア・オペラの公演(チマローザの「奥様女中」)を切っ掛けに、有名なブフォン論争(Querelle des bouffons )が起こった。これはフランス音楽とイタリア音楽の優劣に関して殆どのフランスの知識人を巻き込んだ一大音楽文化論争だったようである。この論争の焦点は、歌唱法というよりはイタリアの旋律重視とフランスの和声重視の対立であった。イタリア派からの批判の矢面に立たされたのは当然当時の大家であるラモーであった。その結果として、トラジェディ・リリークを中心としたリュリやラモーのオペラは急速に聴衆の支持を失っていった。それ以降に起こるのがグルックのオペラ改革である。つまり、イタリア・オペラに対する最後の砦が陥落したわけである。

ところで、この「レ・ボレアード」であるが、 ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサンの演奏で2003年4月にパリのオペラ座(ガルニエ)で録画されたものである。出演した歌手たちはバーバラ・ボニー(個人的にはこの人の声はちょっと苦手)、アンナ・マリア・パンザレラ、ポール・アグニュー、 トビー・スペンスなどアングロ・アメリカン系を中心とした多国籍部隊で、バレーはエドゥアルド・ロックの振り付けによるモダンなものである。音楽的時代考証はきちんなされた演奏であろうが、一点だけオーセンティシティに問題ありとすればその歌唱法であろう。先に述べたモーツァルトやラモーの言を信ずるならば、当時はこんなに美しく歌われていたはずがない!かと言って、当時の歌唱法でこのオペラを聴きたなどとは努々想わないが。

肝心のオペラとしての「レ・ボレアード」は、バロック・オペラによくありがちな人格を持った神々の恋愛劇が例によって馬鹿馬鹿しくも荒唐無稽なストーリ展開をするのであるが、やはり典型的なベルカント・オペラ(唱法ではなく、様式という意味で)とは大分趣を異にする作品である。良く言えば上品で瀟洒とも言えるが、ラモーにそれを求めるのが間違いではあろうがベルカント・オペラの最大の特徴というべき超絶技巧の歌唱による極端にまで日常性を排した「驚嘆の詩学」が感じられない。聴かせ所はいくつかあるものの、正直言って少々退屈な3時間であった。



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May 09, 2005

Inappropriate activities?

先週末あたりから日本のメディアは先の福知山線の列車事故の原因追及以上にJR西日本の企業体質と事故後の従業員の「不適切」な行動を伝えることに血道をあげている。

その報道に接した被害者でも遺族でもない一般の人々が当然のようにJR西日本に対する非難の声をあげ、怒りを露わにする様子をこれまたメディアが伝えている。正にJR西日本バッシングの拡大再生産の構図である。雪印や三菱自工の不祥事のときにも感じたことであるが、熱しやすく冷めやすいといわれる現代日本人気質を割り引いたとしても、これらの「普通の人々」たちは毎日そんなに倫理的に「正しい」生活を送っておられるのであろうか?翻って自らのことを考えると、そんな自信は全くない。

この「不適切」と言われる振る舞いは個人的感情でも決して褒められたものではないと思うが、いきなり時代がDraw backしたような現在の日本社会における「普通の人々が期待する」組織と個人の関係には「!?」状態で、正に建前と本音の乖離を感じざるを得ない。

記者会見でJR西日本の担当者を責め立てる、まるで復讐の女神ネメシスを自認するかのような報道陣の物言いは、個人的には「日勤」で運転士を指導するJR西日本の上司の言動と完全に重なってしまう。

以前あるTV番組で養老孟司氏が「組織が個人に制裁を加える場合、右も左も関係なく世代的な断絶があるにも拘わらず、まるで我々のDNAに組み込まれているかのように何故か戦前の陸軍式のやり方が亡霊のように立ち現れる。」と述べていた。このメディアと「普通の人々」のJR西日本バッシングは我々のDNAと環境変化による相互作用の影響なのだろうか?我々のpunctuality信仰とコインの裏表の関係にあるのかもしれない。

生命科学では既にヒトゲノムの解読が完了しており、各個人の性格を決定するDNA情報も解析されつつあるらしい。さらに、その性格決定因子となるDNAの民族的な偏りの傾向も明らかにされつつあるとか。パンドラの箱を開けるようで恐ろしい気もするが、これらを踏まえて論考できる社会学者の登場が待たれる。


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