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April 30, 2005

An ailing society ~ They can't see the wood for the trees

4月25日の福知山線の列車事故が起きてから丸5日が過ぎた。この惨事は運転士が定められたスピードを大幅にオーヴァーしてカーヴに進入し、急ブレーキを掛けたことで転覆脱線したことが原因のようである。

100余名の人々の人生を断ち切り、400名を遙かに上る負傷者を出したなんともやりきれない痛ましい「事件」であった。昨日のNHKの特集番組で1両目、2両目に乗り合わせて助かった人達のインタヴュが放映されていた。事故直後の阿鼻叫喚ともいえる悲惨な状況を語る人々の表情がなんとも痛々しかった。

この「事件」の直接的原因は先に述べたように人為的なミスであろうが、時として起こりうる人間の間違いをカヴァーする列車運行システムを採用せず、運輸業の決して譲ってはいけないコア・ヴァリューともいうべき「安全」よりも時間に正確な運行を優先し、時代錯誤も甚だしい労務管理を行っていたJR西日本を非難する声が上がっているのは当然である。

実際に主要な新聞の社説を読んでみると、ほぼ同様な論調のようである。

脱線事故 運転士が背負う重荷(朝日新聞、社説。4/30)

[尼崎脱線事故]「ダイヤ優先主義が惨事を招いた」 (読売新聞、社説。4/29)

福知山線事故 徹底究明と安全の総点検を(毎日新聞、社説。4/26)

惨事は安全最優先を忘れて起きた(日本経済新聞、社説。4/26)

大惨事脱線事故 疑念はふくらむばかりだ(産経新聞、主張。4/27)

この「事件」に対するJR西日本の責任は重大であることは確かである。しかし、その体質を含めてJR西日本を非難し根本的な改善を迫ることで今後このような悲劇は防げるのであろうか?

個人的には「否」であると考えている。牽強付会と思われる方もいるではあろうが、この事件の遠因は現在の日本の社会のあり様そのものであるとしか思えない。

近畿圏に在住したことがないのでその生活実感は解らないが、京阪神では「電車」といえば阪急電鉄を指すらしい。国鉄分割民営化後に誕生したJR西日本はこの阪急をはじめとした私鉄との競合優位を確保するために、かつては一ローカル線であった福知山線を利用して大阪都心部に乗り入れる今回の快速列車を開発したと聞いている。JR西日本が安全より時間に正確な運行に神経を尖らしていたのもこのコンテキストの延長線にあるとことは間違いない。

世界一安全で正確だと信じてきた我が国の鉄道システムは実は個人的な技量に委ねられていたものであったことが図らずも今回の事件で露わになった。確かに、わずか1分の遅れで乗り継ぎが出来なかったことによって被る経済的損失を累積すればかなりの金額になることも事実らしい。そして、自分自身や今回不幸にもあの電車に乗り合わせておられた乗客の方々も含めて日本の社会全体が「正確な運行時間」が大量輸送機関が提供する最重要な顧客サーヴィスであるという考えを共有していたのではないだろうか?

安全第一が使命ともいえる鉄道経営とはいえ、経済性を度外視したfail-safe systemの導入は不可能であろうし、もし可能だとしてもそれを全て運賃に反映させることは利用者は簡単には容認しないであろう。このような我々および社会のpunctualityに対する信仰に近いdemandがある限り残念ながら今後もこのような悲劇を避けることは難しいように思われる。

それとも、先のイラク戦争での米軍の戦死者のように、目的を達成(効率的な社会の運営)するためには、ある程度の犠牲は仕方がないことだという社会的な暗黙のコンセンサスでもあるのだろうか?

新聞が社会の木鐸(殆ど死語?)を自認しているなら、せめて一紙くらいはこの問題に言及して欲しかった。

ワタシが目にした記事の中でこの点に触れていたのは、我が国のメディアではなくN.Y.Timesだけであった。

Japan Crash, Time Obsession May Be Culprit(N.Y.Times, April 27, 2005)

"Japanese believe that if they board a train, they'll arrive on time," said Yasuyuki Sawada, a 49-year-old railway worker, who had come to look at the crash site. "There is no flexibility in our society; people are not flexible, either."

Mr. Sawada was one of many people who came to stand and watch behind the yellow police line here, and who saw deeper problems hidden in the accident.

"If you go abroad, you find that trains don't necessarily arrive on time," Mr. Sawada said. "This disaster was produced by Japanese civilization and Japanese people."


The pressure to stay on schedule is so great, conductors apologize profusely even over a one-minute delay. In the United States and Europe, "late" often means a delay of six minutes or more.

"No question about it - there is no other rail system more punctual than Japan's," said Shigeru Haga, a professor of transportation and industrial psychology at Rikkyo University in Tokyo. "It's No. 1 in the world for its punctuality and safety.

"I personally think Japanese should relax more and think that two- to three-minute delays are no trouble. But you see people rushing up and down the station stairs to catch a train even if there's another one coming in two minutes."


"The Japanese people are responsible for this accident, too," said Toshinami Habe, 67, a chief of sales at a company here in Amagasaki. "This is a society of free competition; there's no flexibility. That's why with even a one-and-a-half-minute delay, he had to try to make up the time."


最後に、今回負傷された方々の一日も早い回復と犠牲になられた方々のご冥福を祈るばかりである。


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Comments

Punctualityへの信仰、面白く読ませて頂ました。
私の見方は、本音「阪急には勝つのだ」と、建前「安全は第一」とのハザマで、この事故の構造がJRに出来上がっているのだとも思います。
往々にして、行動には本音が出てしまいます。口では建前を言います。誰もが知っているダブル・スタンダード。
これこそ、日本人の持つ特性のひとつではありませんか…

Posted by: ottocento50s | May 02, 2005 at 07:33 AM

コメントありがとうございます。

このところのメディアが伝えるところでは、JR西日本の企業として抱えている問題点が多々指摘されていますが、個人的には現代の効率重視社会や日本人の性(サガ)とのコインの裏表の関係のように見えます。

悲嘆にくれる遺族の方々の様子を伝えることもメディアとしての使命なのでしょうが、現在の日本の社会のあり様に対する論評が殆ど見ることができないのは残念です。

Posted by: Flamand | May 02, 2005 at 12:14 PM

ほぼ完全に同意です。

社会学を学ばんとしているものとしては、パンクチュアリティ信仰がなぜ生まれたかについても思いを致す必要があるなと考えている次第です。

Posted by: porcius | May 02, 2005 at 08:08 PM

porciusさま、

コメントありがとうございます。

社会学に関しては全くのシロートなもので、その論理の構築・検証方法に関しては良くわかりませんが、このpunctuality信仰は元々日本人が所有していたモノではないと思います。

欧米の文化・生活習慣・商慣行(特にアングロサクソン、ゲルマン系)の導入や近代軍備の整備などによってもたらされたような気がします。

換骨奪胎とは言いませんが、例によって日本の社会においてはそのTendencyによって極端にまでシェイプアップされたことは間違いないでしょう。

Posted by: Flamand | May 04, 2005 at 05:45 PM

Flamandさま、私もまだシロートです(笑)
囲碁界で言うと街の碁会所の常連ぐらいが関の山でしょう。

「換骨奪胎」も激しくうなずきたくなるところであります。

…本件と関連して、昨日思わず『スロー・イズ・ビューティフル』を買ってしまいました。
全国の高校生全員に課題図書として配ってしまいたいですこの本。

Posted by: porcius | May 04, 2005 at 07:00 PM

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