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February 28, 2005

Bei Mir Bist Du Schoen

martha_tilton先日、友人からベニー・グッドマンの「シング・シング・シング」の録音を貸して欲しいと尋ねられたので、手持ちのCDの中から久しぶりに1938年のカーネギー・ホール・コンサートのライブを聴いてみた。

この録音はカーネギー・ホールで行われた初めてのジャズ・コンサートの記録であり、当時のスター・プレイヤーが一同に会して繰り広げられた伝説的名演の数々はつとに有名である。これらに関してはここでご紹介するまでもなく他のサイトをご覧頂くとして、ここで取り上げるのは当夜”Loch Lomond”と”Bei Mir Bist Du Schoen”を歌ったMartha Tilton

彼女はジミー・ドーシー楽団でキャリアをスタートし、グッドマン楽団に彩りを添えたHelen Wardを初めとしたヴォーカリストの一人であり、Big Band Eraの典型的なバンド付き女声シンガーであった。Jo Stafford、Peggy Lee、Lena Horne、Anita O'Day、Dinah Shoreなど、その後ソロ・シンガーとして活躍しポピュラー音楽の歴史にその名を刻んだ歌い手達もいたが、バンド付きシンガーの大半はBig Bandというフォーマットが人気の下降線と辿ることと軌を一にして”過去の人”となっていった。残念ながら、Martha Tiltonは後者の一人といえよう。

当時、彼女はグッドマンがやっと巡り会えた”Best Fit”のシンガーと称えられていたようだが、個人的好みでは人を惹きつける魅力ある歌唱力を持ったヴォーカリストであったとは感じられない。当時の主役はスウィング・バンドの演奏そのものであり、基本的にはヴォーカリストの存在は一夜のプログラムのアクセント程度の位置づけだったようである。特に、女性ヴォーカリストの場合は舞台の”景色の良さ”に貢献したことと察せられる。(politically NOT correctな表現、平にご容赦)

タイトルの”Bei Mir Bist Du Schoen”(素敵なあなた)はかつてThe Andrews Sistersが歌ってスマッシュ・ヒットを飛ばした曲で、元々はユダヤに伝わるフォークダンスにルーツを持つメロディらしい。Martha Tiltonは思いっきり”英語訛り”で淡々と歌っているのが何とも微笑ましい。

この曲を聴くと(ホントはその逆だったのだが・・・)、何故か中原めいこの『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』のメロディをふと想い出してしまう。





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February 11, 2005

Une aussi longue absence

タイトルは1960年に制作されたフランス映画で邦題は確か「かくも長き不在」だったと思う。但し、このエントリはこの映画の内容とは全く無関係な話題である。

サッカーの話題は度々取り上げているのだが、我が国における観戦スポーツの王者ともいうべき野球に大きな興味を持っていないので殆ど言及した憶えがないのだが、今回はその野球の話題である。

そもそも、子供の頃から他人との協調性に欠ける性格が災いしてか自らプレイするのはサッカーをちょっと囓った程度で、チーム・スポーツとは殆ど無縁な人生を送ってきた。現在でも自ら体を動かすという意味では水泳、スキーなど自己完結型のスポーツしかしない。

さて本題は、ニュースという意味では些か旧聞に属することになり恐縮であるが、我が母校硬式野球部が45年振りに第77回選抜高校野球大会(所謂、春のセンバツ)への出場が去る1月31日に決定したことである。野球には興味はないと言っておきながら、現金なモノでこのニュースに接して微かな(ホントはかなり)心にときめきを感じたのは隠しようもない事実である。

在学当時(いつとは言わないが、かなりの昔である)の母校の野球部と甲子園に間には数光年の距離があったように思う。私立とはいえ、所謂「野球ガッコ」ではなかったので、選手として実績のある子を優先的に入学させるわけでもなく、スポーツの全国大会レヴェルで活躍していた在学中の選手に対して進級・進学に特別な配慮もしてくれず、彼らが定期試験の際には四苦八苦していたことを記憶している。

野球に興味がないと述べたが、とりわけ甲子園を頂点とした「高校野球」は大嫌いである。高野連の建前である「教育の一環としての野球」というポジショニングと甲子園に出場するようなトップレヴェルの「野球ガッコ」の現実との乖離が激しすぎるからである。

古いモノ必ずしも悪いとは言わないが、「高校野球」の体質・有り様はあまりに古すぎる。殆ど第二次大戦以前と変わっていないような気がする。クラブ活動であるハズなのに、「野球ガッコ」の野球部では徹底したエリート主義に貫かれているそうで、一軍と二軍(三軍もあり?)では全く扱いが違うという。近頃メディアを賑わせた大学運動部員の不祥事もこの延長線にあるとしか思えない。

特に夏の甲子園への予選や本大会の試合スケジュールには呆れてモノがいえない。未だ成長過程の高校生を酷暑の中で、過密なスケジュールで試合させるということに高野連は何の問題意識も持っていなのであろうか?

現在の「高校野球」に大分批判的なことを述べたが、幸いにも現在の我が母校の野球部は監督に人を得ているようで、このようなベクトルとはかなり異なった「Baseball」を目指しているらしい。事実、野球部のサイトでも監督自ら「たかが野球」「春の選抜に向けて調整はするつもりはありません」と明確に述べておられる。ゲームとはいえ勝負であるから、勝つことは重要である。端から負けようと思ってゲームに臨むものなどいないが、勝つことだけが全てではない。

個人的には異様な世界に映る甲子園で、我が母校のチームが他のチームとは一味も二味も違う野球があるということをアピールしてくれればと願うばかりである。

例によってかなり臍曲がりな応援メッセージになってしまったが、若く心柔らかなOB諸兄の熱き想いは以下のエントリを参照していただきたい。

センバツ!(ISSUES 2005)
「45年ぶり出場ということの意味」(けいたまんのブログ)
45年振り!慶応高校 甲子園出場!!(esbokの社会人3年目生活)
センバツ甲子園出場!(A#17)
45 年振り(Too Much Big Mouth May Kill You!)

k-flag2一(かなり古い)OBとしては、この旗が甲子園に翻るのを見るだけでも大満足である。





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February 10, 2005

Setback or mismatch?

Fiorina steps down at HP

以前、Hewlett Packard(HP)のCEOであるCarly Fiorinaがそのポジションに就いて以来の彼女の業績というか行状をクロノロジカルにエントリ(”At the end of the digital medieval ages”、”Reinvent ~ Vigorous change”、”The digital Renaissance under the stormy weather”)にまとめたのだが、その彼女のHPでのキャリアの最終章を書くことになってしまった。

形式的にはHPのBoardが彼女の「辞任」を承認したことになっているようだが、実際には限りなく「解任」に近いものであろうと想像される。以前のエントリでも述べたが、彼女は強烈な個性とかなり強引ともいえる手法で官僚化・硬直化したHPの組織改革を行い、大いに揉めたCompaqの買収を断行したのだが彼女のHPでのキャリアはここに終焉を迎えた。彼女曰くの「The digital Renaissance」の先導者としての役割は、少なくともHPにおいては挫折したと言えよう。

この辞任劇の直接的な原因はHPを彼女が当初描いていた(期待されていた)成長路線に乗せられなかったことにあり、HP Boardがこれ以上の時間的な猶予を彼女に与えなかったということであろう。その大きな要因となったのは、彼女のマネジメント・スタイルとHPという企業が60年に渡って築き上げてきた良くも悪くもカルト的ともいえる「企業文化」とのミスマッチ、コンフリクションにあったことは間違いないところである。

企業が危機に瀕し、外部から経営者を迎えその立て直しを図る際には2つの大きな資質が要求される。それは改革者(ときに破壊者)としての資質と新たな価値を生み出す創造者としての資質である。彼女の場合は、HPにおいて前者の能力は大いに発揮したのだが、後者に関しては大きな疑問符を付けざるを得ない。彼女の辞任の発表は市場では好感を持って受け止められたようで、HPの株価は大幅に上昇した。(Fiorina out, HP stock soars

CFOのBob Waymanが暫定CEOに就任するようだが、Fiorinaとは全く資質の異なるCEOの選任がHPの喫緊の課題であろう。

それにしても、彼女をCEOに選任しCompaq買収を強力にサポートしたHP Boardのメンバーはそれなりの責任を負うべきであろう。特に彼女のHPにおける後見役となっていた大ベテランである「Boiseの隠居」と言われる人物の責任は相当重いと言わざるを得ない。





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WC2006 Qualifiers ~ Japan vs. DPRK

Japan 2 : 1 DPRK

試合はやってみないと分からない、特にW杯予選は。結果勝利したのだが、正直こんなキツイ内容の試合は予想していなかった。相手の北朝鮮は長らく国際試合から遠のいていたのでそのチーム力が未知数のため個人的には日本のメディアが騒ぎすぎという感を持っていた。グループBでは、北朝鮮に取りこぼしたチームがW杯出場から遠ざかるという想いは今も変わらない。

これが「神様」と謂われる所以と言ってしまえばそれまでだが、ジーコは綱渡りをしながらもその綱は辛うじて切れない強運を持っているようだ。それにしても、実際の試合における彼の現場指揮官としての資質には相変わらず疑問を呈せざる得ない。攻撃と守備のバランスが悪くボール・キープ出来ない状況が、高原と俊輔を投入で明らかに変わったことを見てもジーコの選手交代の決断が(今回も)遅かったことは明らかであろう。今回は大黒の当たり損ないが幸いしたラッキー・パンチに救われたが、個人的には福西の冷静な判断に「良く出来ました!」を進呈したい。

この強運な監督と少々インセンシティヴ(良く言えば図太い)な代表選手達は北朝鮮よりは明らかに実力上位のイランとバーレーンに対してどのように立ち向かうのであろうか?期待と不安が相半ばする最終予選の船出であった。





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