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November 06, 2004

The opera which is in high favor with prima donnas and audience

チレーア(Francesco Cilèa, 1866 - 1950)のオペラ、アドリアーナ・ルクヴルール(Adriana Lecouvreur)がミラノのTeatro Liricoで初演されたのが1902年11月6日。

タイトル・ロールはアンジェリカ・パンドルフィーニ、マウリツィオはエンリコ・カルーソ、ミショーネはジュゼッペ・デ・ルカなど、当時としてもかなり豪華なメンバーによって創唱された。

アドリアーナ・ルクヴルールは18世紀前半にコメディ・フランセーズの大女優として活躍したアドリエンヌ・ルクヴルール(Adrienne Lecouvreur、1692-1730)をモデルとしており、恋人のマウリツィオはザクセンのアウグスト2世の庶子(後に嫡子となった)であったモーリッツ伯爵、アドリアーナの恋敵役であるブイヨン公爵夫人も実在の人物であった。

このアドリエンヌは若くしてその才能を開花させた天才女優でラシーヌの悲劇を得意としており、ヴォルテールなどとの交友もあった。彼女は38歳で夭折し、その死因が謎に包まれていたためか19世紀半ばにEugène ScribeとErnest Legouvé によって芝居にされ、コメディー・フランセーズで上演された。伝説の大女優を主役に据えた作品のためか、その後の大女優にもこの芝居は甚く愛されたようで、アドリエンヌはサラ・ベルナール(Sarah Bernhardt )やエレオノーラ・ドゥーゼ(Eleonora Duse)など後世にも名を残した女優によって度々演じられた。

この様相はチレーアのアドリアーナ・ルクヴルールにも承継されおり、この作品自体は音楽的にさてし瞠目する内容はないのだが(個人的にはこの作品は目一杯評価してもせいぜい1.5流のオペラ)現在でも功成り名を遂げたプリマ・ドンナのお気に入りの演目の地位を獲得している。遡って、1860年代にはヴェルディもこの作品のオペラ化に興味を示したことがあったようだ。

戦前のMETでイタリア・オペラにおいてはアメリカ生まれのソプラノとして不動のプリマ・ドンナの地位を築いていたローザ・ポンセル(Rosa Ponselle)がこのオペラの上演をMETのマネジメントに持ちかけて拒絶され、彼女はそのキャリアの絶頂期にあったにも拘わらずこれを切っ掛けにオペラの舞台から引退したという因縁のオペラでもある。

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