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October 09, 2004

Haßliebe ~ Wien, Wahlheimat

今年のノーベル文学賞にオーストリアの作家エルフリーデ・イェリネク(Elfriede Jelinek)が選ばれた。彼女の自伝的小説ともいえる『ピアニスト』(Die Klavierspielerin)は映画化され2001年のカンヌ・フェスティヴァルでグランプリを獲得している。彼女はシュタイアーマルク州のミュルツツーシュラーク(Mürzzuschlag)で生まれ、幼少の頃にヴィーンに移り住みバレーやフランス語を学び、その後コンセルヴァトワールでピアノと作曲を習い、ヴィーン大学では演劇と美術史を専攻した。1970年代には大学をドロップアウトし小説家の道を歩み始め、これまでにドイツ語圏での数々の文学賞を受賞している。

全く偶然なのだが、昨日まで『ウィーン、選ばれた故郷』(現在絶版中。平田達治編、髙科書店刊)を読んでいた。『石さまざま』や『晩夏』などで知られているビーダーマイヤー期の自然派作家であるアーダルベルト・シュティフター(Adalbert Stifter)はその作風・作品からは想像し難いのだが、生涯の殆どをヴィーンで過ごしたそうで、それに興味を引かれて手にしたのがこの本である。

内容はシュティフターを筆頭に19世紀前半から20世紀後半に渡る世代も出身地も異なる6人の作家が、オーストリア=ハンガリー帝国版図の僻陬の地から憧憬を抱いた帝都ヴィーンとどのように関わり合いを持ち体験・受容したかを、やはり6人の日本のドイツ文学者によって論述されたものである。

ヴィーンとは音楽と深く契り結んだ街であり幾多の音楽家をその引力で取り込んできた中核の一つであった。ハプスブルクとともに多民族国家の帝都として繁栄を謳歌し、その王朝没落後も中欧の小国オーストリアの首都というよりは「音楽の都」というアイコン的存在感を維持してきた。音楽を中心としてヴィーン文化に関する著作物は枚挙にいとまがないが、ハプスブルク帝国時代の残照を愛惜し、ヴィーンの煌びやかな文化的側面を取り上げたものがその内容の多数派を占めている。則ち、多民族・多文化の融合の表象としてのヴィーンという認識が殆どであろう。

上述したことがコインの表とすれば、この『ウィーン、選ばれた故郷』の内容は正にその裏側が叙述されている。シュティフターに続く他の5人の作家とは、ヨーゼフ・ロート(Josef Roth)、ミロスラフ・クルレジャ(Miroslav Krleza)、マネス・シュペルバー(Manes Sperber)、ミロ・ドール(Milo Dor)、インゲボルク・バッハマン(Ingeborg Bachmann)である。恐らく、シュティフターと『ラデツキー行進曲』の作者であるロート以外はドイツ文学に親しんでおられる方にも殆ど知られた存在ではないと思われる。

クロアチアのクルレジャを除いて他の5人は、憧れを抱いていたヴィーンと邂逅を果たすが、この都市からはその出自(民族、出身地)に相応した拒絶と挫折を味あわされている。(クルレジャは端からヴィーンに対する憧れなどは持っておらず、常に強烈な批判者であった。そういう意味では彼は他の5人とは明らかに異質な存在である)

ヴィーンの裕福なユダヤ系の家庭に生まれ育ったシュニッツラーやツヴァイクなどが観照したこの街と、これらの人々が体験し受容したヴィーンは全く異なったものであった。前者のヴィーンは民族・文化融合の地であったのに対し、後者にとっては分裂・矛盾・拒絶が集積した場所がヴィーンであった。

ガリチア(現在のウクライナ西部)に生まれ育ったユダヤ人であったロートは、多民族共生を象徴する「世界都市」として憧憬したヴィーンでは東方ユダヤ人としての厳しい現実に遭遇し、新興都市ベルリンにおいても反ユダヤ主義の風潮のためその出自を隠すことを余儀なくされた。第一次大戦後のハプスブルク帝国の崩壊とナチス台頭による二度の祖国喪失を経験し、彼が現実には体験しなかった世界都市ヴィーン、多民族が融和の表象としてのドナウ帝国を憧憬しながら亡命先であるパリで亡くなった。

Haßliebe、すなわちアンビヴァレント。これはインゲボルク・バッハマンがヴィーンに対する感情を端的に表現した言葉で、”ヴィーンを故郷に選んだ”6人の作家に共通している。作品を見る限り、これは現代のエルフリーデ・イェリネクにも受け継がれているようである。

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