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August 14, 2004

Out of Place

先ほど、アテネで開催されたオリンピック・ゲームの開会式(勿論、録画)の入場行進をチラチラと眺めていた。日本選手団のユニフォームであるが、あの花柄のブラウス(ジャケット?)は個人的にはかなり場違いな印象を持った。今回は高田賢三氏が担当したそうだが、以前の森英恵氏にしてもどうしてオリンピックのユニフォームだとあんなに周囲から浮いてしまうデザインをするのであろうか?これはあくまで個人的な好みの問題ではあるが、これまで冬季オリンピックの日本選手団のユニフォームの方が余程違和感が少ない。

パフォーマンスの結果をジャッジの判定に委ねる採点競技、その曖昧さの故に毛嫌いする人もいるようだが、ここにも”Out of Place”が暗黙の事項として存在している。冬季オリンピックの種目でもあるフィギュア・スケートの美的表現力を評価する”Presentation”においては、バレー・ダンスを基準とした西欧的な美的センスの下に採点するジャッジがマジョリティを占めている。欧米系の選手に対抗するために、オリエンタリズムやジャポニズムを感じさせる表現は大半のジャッジには違和感を持たれこそすれポジティヴな評価は得られない。

アジア人ではないが、かつて世界選手権でも活躍したアフリカ系フランス人であるスルヤ・ボナリー嬢(Surya Bonaly)は彼女のバネの効いた身体能力を生かした演技が評価されないことに抗議する意味で公式競技では禁止されている、バックジャンプをしたことがある。

現在は日本のフィギュアのトップスケータ達が滑る演技の振り付けは殆どが欧米系(含むロシア)の外国人の手によるものである。

なかなかゴールド・メダルに手が届かない日本のシンクロであるが、このところその演技構成はますますジャポニズムなものに傾斜している。実際のところ、シンクロの採点がどんなイニシアティヴで行われているのかは知らないが、ブレーク・スルー出来ない原因はフィギュア・スケートと同じような暗黙の”Out of Place”があるのではないか?と勘ぐっている。

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