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August 29, 2004

1 + 1 < 2

この矛盾した数式擬きは大型ハイテク企業が合併した際の公理となっているようである。

We all follow United !のサイトで ”Stuck in the Middle-フォーカスを失ったHP ”のエントリで現在のHP(Hewlett Packard, HPQ)が直面する問題を取り上げておられる。

参照されたEconomistの”Losing the HP way”の中でも述べられているとおり、2002年にHPはCompaqを吸収合併したわけだが、2003年のRevenueは合併以前の両社のものを足し加えた金額に比べると遙かにBehindしている。未だかつて成功したことがないハイテク企業の大型合併に果敢にチャレンジしたHPであるが、数字の上でもその成果は未だ現れてはいない。

HPはCompaqと合併する以前から競合他社と比較して遙かにブロード・レンジな製品・サービスを提供していた。当時、Revenueで大きく上回っていたIBMよりも余程幅広い製品・サービス群を有していた。勿論これはTest & Measurementで膨大な製品を持つAgilentをスピン・オフした後の状況である。

Carly FiorinaはHPのCEO就任後、「HPとは100の中小企業が寄り集まったような会社だ。各プロダクトにフォーカスするあまりHPというブランドが生かされていない」と語っていた。これは確かに一面では的を射た見解ではあった。当時のHPはプロダクト・ラインを統括するビジネス・ユニットが大きな力を持っており、開発から販売までをコントロールする強固な縦割の組織を社内に林立させていた。他方、時には社内競合をも起こしかねないこの組織形態がHPのモメンタムの大きな原動力となっていたことも事実である。組織の分散と統合は潮の満ち引きのように繰り返すものであるが、当時のHPは分散の極にあったともいえる。

Fiorinaは80以上存在していたこの組織を15までに整理統合し、マーケットに対しては製品・サービスよりもHPブランドをアピールするメッセージを発していた。但し、製品・サービスそのものの削減には殆ど手を付けなかった。Compaqとの合併後も明らかに重複する製品・サービスの統廃合は行ったが、その製品レンジを狭めることは行わずに今日に至っている。

Fiorinaという人は公の場でのスピーチの内容でも解るとおり、HPの将来に関してはとてつもないBig Pictureを構想しており(Compaq買収もそのコンテクストの延長線上にある)、それを実現するためには他に類をみないブロードな製品・サービス群が必須と考えているようである。

而してHPの現状を見ると、プリンタを除くセグメントにおいてそれぞれの強力なコンペチタとの厳しい競合に晒されており、プロフィットには貢献しておらずマーケットからは適切な”選択と集中”が行われていないと見なされている。

HPは数年前からコンサルティング・サービスを将来の収益源とするべく力を注いできたが、PWCの買収に失敗(後にIBMが買収)したことが象徴するように思惑通りの実績が上がっていない。プロフィットという側面からは未だ”インク・カートリッジの会社”(プリンタ自体は殆どプロフィットを生み出さず、インク・カートリッジを販売する為の”箱”という位置づけ)からは脱却できていない。

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August 28, 2004

With approaching autumn

consert_legrand.jpg

寝苦しい熱帯夜も去り、颱風接近のためか日中の夏の勢いも盛りを過ぎた今日この頃。行く夏を惜しみつつ(個人的には殆どウンザリだが)秋の気配が感じられるこの時期に打って付けな一枚がミシェル・ルグラン(Michel Legrand)の”The Concert Legrand”。

ミシェル・ルグランといえばフランスの映画音楽の大御所的存在として知られているが、若い頃からジャズにも深くコミットしていた。この録音は今を去ること約四半世紀前にRCAが設立したグリフォンからLPでリーリスされたものだが、このレーベルはあっという間に消えてしまい、そのまま埋もれていたものである。ルグランの生誕70年を記念して2002年に日本において初CD化された。

彼のジャズを聴くのであるならば、先ずは”Legrand Jazz(Michel Legrand meets Miles Davis)”あたりがど真ん中になるのだろう。このアルバムはストリングスを含めて総勢50名以上のビッグ・バンド編成で、一聴するとジャズとイージーリスニングの中間を狙ったという印象を持たれるかもしれない。しかしそこは才人ルグラン、どのトラックも緻密で華麗かつ洒脱なアレンジで聴く者を飽きさせることがない。

全編にルグランの口笛がフィーチャされた”Snowbird Serenade”は独特な焦燥感のある曲想。”Pieces of Dreams”のアレンジはその後Bob JamesやRichard Teeなどによって開花するフュージョンの先駆けとなっている。

個人的な一押しは”Fickle Fingers”で、秋の気配を感じさせるストリングスのピチカートと「行かないで夏休み」という感のフィル・ウッズのアルトサックが絶妙に交錯するこのアルバム中の白眉の一曲。ルグランの冴え冴えした新鮮な音楽作りがアルバム全体に行き渡り、どれを聴いてもエレガント。

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August 25, 2004

Football Semifinal@Athens 2004 ~ Italy vs. Argentina

Italy 0: 3 Argentina

今回のオリンピックが始まる前は、アルゼンチンとイタリアが抜けているとの評判であったが、果たして予選リーグが始まってみるとアルゼンチンが他チームとは格が違う実力を見せつけてくれた。(あっ、勿論サッカーのことです)

さて、本日の準決勝であるがセリエAの若手を集めたイタリアは単にアルゼンチンが決勝戦に進むための潰す相手、引き立て役にされただけであった。正直言って、これほどのチームがオリンピックに出てくるとは予想していなかった。今回のアルゼンチンの若手は個人技の質と攻守のバランスが高いレベルであるのは勿論だが、何よりもその若々しい動きに「華」がある。個人的には先日キリン・チャレンジで来日したフル代表よりも余程魅力的なチームである。唯一の不満はサヴィオラがベンチにはり付いたままだったこと。

マラドーナ時代のアルゼンチンもアグレッシヴかつ華麗なサッカーで我々を魅了してくれたが、このオリンピック代表チームはあの時代のチームが持っていたある種の野蛮さの代わりに、ソフィスティケーションがある。こんなことを言うと鬼に高笑いされそうだが、2006W杯に向けてアルゼンチンの展望は限りなく開けているように思える。

「ど真ん中」が嫌いというヘソ曲がりな性格ゆえ(レアルよりもバルサ、ロナウドよりもラウル、セリエAよりもリーガ・エスパニョーラ、BPOよりもBRSO、ん?)同じ南米でもブラジルよりアルゼンチンに期待。

ところで、我がオリンピック代表チームはアジア予選を勝ち抜いた時点で「参加することに意義がある」と独断していたので、今回の結果に関しては言うべきことは特にない。彼らの実力以上でも以下でもない結果だった。

流石にオリンピック本番が始まってからは、メディアもあまり言わなくなったが、「ドリーム・チーム」などという名称は軽々に使うべきではない。「藤岡屋日記」と「擬藤岡屋日記」との間に存在する天と地ほどの隔たりまでは無いにしても、「擬ドリーム・チーム」の実力は「長嶋ジャパン」や「米国バスケットボール・チーム」の結果を見れば明白である。「ドリーム・チーム」とは、100回勝負して1回も負けてはいけないのである。

それから、”Out of Place”でも述べたシンクロであるが、もし常に2番手の”最上の色物”的立場(これも一つの行き方であるが)から脱却したいのであるなら、ジャポニズムな振り付けや音楽とは決別すべきであろう。今回のJapanese Dollは素人目にもOut of Place。

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August 22, 2004

Tomato, Egg Drop Soup

先にご紹介したオニオン・グラタン・スープ(Soupe al'oignon Gratine)、作るには何のテクニックも必要ないがタマネギを炒めるのにやたら時間が掛かり、いかにも夏向きのメニューとは言えなかった。(涼しくなってから、試してください。)

尚、耐熱容器に刻んだ玉ネギを入れオイルを少々振りかけてフタなしで電子レンジで1分半加熱し、一度かき混ぜたら再度1分半加熱すると炒める時間は約半分に短縮できる。(玉ネギ1個、750Wの電子レンジの場合)

ということで、夏バテ気味のアナタに超簡単なトマト&卵スープの作り方をご紹介。

用意するもの

(2人分)
1. 完熟トマト               1個
2. ベーコン              40~50g
3. スープ・キューブ            1個
4. 卵                    1個
5. 塩・胡椒                少々
6. 湯                   500cc

option:
7. 生姜汁
8. タバスコ

作り方:

1. ベーコンを細かく切る。トマトは乱切りにする。卵を溶いておく。
2. 鍋で水500ccを沸かし、スープ・キューブを溶かす。
3. 鍋にベーコン、トマトを入れ、煮立ったらアクをすくう。
4. 塩・胡椒で好みの味に整える。
5. 鍋に溶き卵を回し入れ、火を止める。

暑い夏場には生姜の絞り汁をたらすとサッパリとした味なる。辛いのが好みの方は生姜汁の代わりにタバスコを振るのも良い。

スープ・キューブ(ブイヨン)の代わりに中華系のスープを使ってもOK。但し、ブイヨンの場合よりも味は濃いめになる。

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August 19, 2004

Obituary ~ Gérard Souzay

フランスの名バリトン、ジェラール・スゼー(Gérard Souzay)が8月17日朝、南仏アンティーブで亡くなった。享年85歳。

Le baryton français Gérard Souzay est mort(Le Monde)

ジェラール・スゼー(本名、Gérard Marcel Tisserand)は音楽一家に生まれ、大学では哲学を専攻した。パリに出て、そのキャリアを歌の道に変更しピエール・ベルナック、クレール・クロワザ、ヴァンニ・マルクー、ロッテ・レーマンといった錚々たる名歌手たちから声楽を学んだ。

gerard_souzay.jpg彼は1944年から歌手としてのキャリアを歩みはじめ、1958年にはエクス・アン・プロヴァンスのフェスティヴァルでオペラへのデヴューも果たした。それ以降、リサイタルとオペラの双方の舞台で活躍した。彼はフォーレ、ラベル、ドビュッシー、デュパルクといったフランス歌曲を自家薬籠中の物としていたことは言うまでもないが、端正なスタイルと自国語以外にも堪能だったため広大なレパートリを誇っていた。”ビロードの声”と讃えられた彼の全盛期の歌声を聴くことができるTestament盤は、フランス歌曲の精華の記録と言っても過言ではない。

又、シューベルトをはじめとするドイツ・リートにおいては、「言葉」による表現に傾斜し感情の表出を重視するドイツ語を母国語とする歌い手たちに対して、スゼーは過剰にドラマティックになることを避け聴衆にも自由な解釈の余地を残した淡々とした表現でラテンの知性を感じさせる魅力を我々に伝えてくれた。

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August 15, 2004

The singer who was abandoned and rediscovered

jimmy_scott.jpg

早朝からの雨で、昨日までの暑さが嘘のように涼しい一日になった。何か聴こうと手持ちのCDを漁っていたところ、ジミー・スコット(Jimmy Scott)の”Everybody's Somebody's Fool”を発見。クソ暑い時に聴くのは敬遠したいアルバムであるが、冷涼感すら漂う日にはなかなか良い選択だと思う。

この数奇な運命を辿ったヴォーカリストは正にOne and Onlyという言葉の見本のような歌声とスタイルを持っている。確か、1925年生まれなので今年で79歳になるが、現在も現役で活躍している。このジミー・スコットに関しては「ジミー・スコット音楽酔星メニュー」という情報豊富な強力なファンサイトがあるので経歴など詳細はそちらを参照して頂きたい。

この歌い手の存在を知ったのは、以前当blogでもご紹介したノルウェーの歌姫カーリン・クローグ(Karin Krog)が恐らく日本で初めて紹介されたデクスター・ゴードンと共作した”Blues and Ballads”というアルバム(アナログ・ディスク時代)においてである。この中で彼女はジミー・スコットにトリビュートしたバラードを2曲録音していた。特に”Everybody's Somebody's Fool”は呆然・唖然とするほどの見事な歌唱で一発で彼女のヴォーカルの虜になったわけだが、この彼女をしてトリビュートさせたジミー・スコットとはいったい何者であるかはかなり長い期間謎であった。

ナンシー・ウィルソンをはじめとして実力のある歌手たちが彼を称賛し、その歌唱の影響を受けているということは解っていたが、肝心の本人の歌声を聴くことは暫くは出来なかった。CDに復刻された彼の歌う”Everybody's Somebody's Fool”を聴いたときは、行方不明だったご本尊にやっと巡り会えたような気分であった。

彼の歌は殆どが超が付く程のスロー・バラードであるが、決してもたれることがなくスウィング感のあるbehind the beatのスタイルはアルト・ヴォイスともいえる歌声と共に非常にユニークな小宇宙を構築している。

ジミー・スコットとは聴く人の魂を揺さぶり心動かすジャズ・ヴォーカリストの一人であることは間違いない。人生の深淵に触れる彼の歌を聴く際、涙腺の弱い方はティシューの準備をお忘れなく!

彼のミュージシャンとしての歩みを象徴するかのようなタイトルを持つアルバム”Lost and Found”もチョ~お薦め。

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August 14, 2004

Out of Place

先ほど、アテネで開催されたオリンピック・ゲームの開会式(勿論、録画)の入場行進をチラチラと眺めていた。日本選手団のユニフォームであるが、あの花柄のブラウス(ジャケット?)は個人的にはかなり場違いな印象を持った。今回は高田賢三氏が担当したそうだが、以前の森英恵氏にしてもどうしてオリンピックのユニフォームだとあんなに周囲から浮いてしまうデザインをするのであろうか?これはあくまで個人的な好みの問題ではあるが、これまで冬季オリンピックの日本選手団のユニフォームの方が余程違和感が少ない。

パフォーマンスの結果をジャッジの判定に委ねる採点競技、その曖昧さの故に毛嫌いする人もいるようだが、ここにも”Out of Place”が暗黙の事項として存在している。冬季オリンピックの種目でもあるフィギュア・スケートの美的表現力を評価する”Presentation”においては、バレー・ダンスを基準とした西欧的な美的センスの下に採点するジャッジがマジョリティを占めている。欧米系の選手に対抗するために、オリエンタリズムやジャポニズムを感じさせる表現は大半のジャッジには違和感を持たれこそすれポジティヴな評価は得られない。

アジア人ではないが、かつて世界選手権でも活躍したアフリカ系フランス人であるスルヤ・ボナリー嬢(Surya Bonaly)は彼女のバネの効いた身体能力を生かした演技が評価されないことに抗議する意味で公式競技では禁止されている、バックジャンプをしたことがある。

現在は日本のフィギュアのトップスケータ達が滑る演技の振り付けは殆どが欧米系(含むロシア)の外国人の手によるものである。

なかなかゴールド・メダルに手が届かない日本のシンクロであるが、このところその演技構成はますますジャポニズムなものに傾斜している。実際のところ、シンクロの採点がどんなイニシアティヴで行われているのかは知らないが、ブレーク・スルー出来ない原因はフィギュア・スケートと同じような暗黙の”Out of Place”があるのではないか?と勘ぐっている。

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August 13, 2004

Casting cloud over the ex-excellent company

一昨年あたりまではコンシューマ・エレクトロニクスの分野では一人勝ちの様相を呈していたSONYであったが、株式市場に”SONY shock”を引き起こした昨年春の決算発表以来マーケット・プレゼンスが冴えない。

昨年はある米国の経済誌で、出井さんは”Worst CEO”に選出されたり、外国人記者クラブでのインタヴュでは「いつ辞めるの?」などと質問されたりして、散々な1年であった。

顧客のライフ・スタイルに影響を与えるような製品を市場に投入し続けてきたことが、これまでのSONYの成長を支える大きな原動力となっていたことは間違いない。予め成功が約束された市場というよりは、先頭に立って新たな市場を切り開くということにSONYの強さの真骨頂があった。

薄型大型TVの需要増加のタイミングの見誤り、記録型DVDのプロダクト・ミックスの不明確さ、iPODに遅れて殆ど新鮮味が見受けられないHDDウォークマンの発表など、やることなすことが殆ど後手に回っているという印象を持たざるを得ない。

マーケティングでよく言われる競合優位を獲得・維持する三要素は、1)Product Leadership(Innovation)、2)Operational Excellence、3)Customer Intimacyと言われているが、SONYというブランドは正に”Product Leadership”によって育成・維持されてきたものである。

いくら優れた企業とはいえ、この三つの要素を高レベルでバランスさせることは至難の技である。

個人的な体験を一般論に敷衍するのはいささか強引とは思うが、SONYという会社はこれまで製品の信頼性や購入後のカスタマ・サーヴィスには新製品開発ほどのリソースを注ぎ込んできたとは思えない。即ち、Customer Intimacyに優れた会社とは言えなかった。(最近はネット上でもやたら「SONY Time」などという芳しくない言葉が目に付く)

ブランドとは企業と顧客との接点(広告、購入、使用、サポート、廃棄など)において、顧客の体験の集積によって形作られるものである。このブランドとは顧客の心理に存在するもので、その企業の中に存在すると考えるのは幻想であり間違いである。従って、ブランドとは顧客の企業に対する信頼感であり、期待感であるとも言える。

昨今のSONYは顧客が持っているブランド・イメージとの乖離を引き起こし、現在の不振も宜なるかなである。むしろ、顧客を囲い込もうとする意図が見え見えの我田引水ともいえる「SONY規格」の製品が目立つ。現代の顧客は羊でもあるまいし、メーカのユーザ囲い込み策などに易々と乗るほど愚かではない。

かつてPS2の発表時に、「ライバルは?」というゲーム機メーカの名を期待していたメディアからの質問に対し、暫く間を置いて「携帯かな?」(携帯電話に使う時間と金をどうPS2に振り向けさせるか?)と久夛良木さんが応えていた。元気が良いときのSONYを象徴する発言であった。

Product Leadershipを取り戻し以前のようなポジションに復帰するのか、あるいは別の戦略に移行するのか(これは、かなり時間がかかる)、現在のSONYは正にBurning Platform(正念場)に立っている。

いづれにせよ言えることは、独りよがりで顧客の想いを蔑ろにした企業は間違いなく衰退する。

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August 12, 2004

Wiederaufbau Frauenkirche Dresden

8月7日のAsian Cupの決勝戦終了直後に、NHK BS1で放映されたBSドキュメンタリー『よみがえった聖母教会 ~ドレスデン 60年後の和解~』を録画したものをやっと昨日視ることができた。

内容は、第二次大戦末期に連合国の無差別爆撃により壊滅したザクセンの古都ドレスデンの象徴であった聖母教会(Frauenkirche)再建のドキュメンタリである。1945年2月13,14日の米英空軍の爆撃によって、エルベのフィレンツェと呼ばれたドレスデンは歴史的建造物を含めて破壊された。聖母教会は爆弾の直撃は受けなかったが、周辺からの火災によって梁が倒れ建物が崩壊した。

このドレスデンへの空爆は、戦争の帰趨が決まった後の連合国による一般市民を巻き込んだ破壊殺戮行為として、広島・長崎への原爆投下とともに批判の対象となっていた。何がきっかけかは知らないが、ネット上に東京下町を中心とした1945年3月10日の東京大空襲と比較してどちらの死者が多かったかという不毛な議論があるようだ。東京、長崎、広島、ドレスデン、どこでも市街地に無辜の民が死屍累々となっていた悲惨な光景に違いなど無いと思えるのだが。

ドレスデン空襲を少年時代に体験した、牧師であるルートヴィッヒ・ホーホ師の呼びかけに端を発した聖母教会再建計画はその輪を大きく拡げ、ドイツ国内に止まらず各国の人々から寄付が集められ今年の6月には建物が完成した。聖母教会を象徴するドームの天頂に立っていた黄金の十字架は父親がパイロットとしてドレスデン空襲に参戦したイギリスの金細工職人が復元制作し、少年時代にドレスデン近郊の収容所に入れられていた元反ナチス活動家マリアン・ソプコヴィッツ氏の呼びかけに応えたポーランドの人々によって塔を飾る炎をイメージした彫刻が寄贈された。

各国政府が直接介在したわけではないが、敗戦国であるドイツ、戦勝国、戦時中そのドイツによって痛めつけられた国の人々の協力によって成し遂げられた戦後の「和解」を象徴するプロジェクトである。

共に奇跡の復興を果たしたと言われている日本とドイツであるが、両国の現在の対外的な関係はかなり異なった様相を呈している。

連合国及び占領軍の盟主であったアメリカに対するそれぞれの政治家達の姿勢も対象的であった。ひたすらアメリカに追随していた日本に比べ、旧西ドイツには東西冷戦下で西側の立場を堅持しつつも経済政策に関してはアメリカに対して強かに渡り合ったアデナウナー、エアハルトといった官僚上がりの気骨ある政治家がいた。

周辺国にもドイツは辞を低くして対応し、ナチスの所業には言葉と振る舞いでひたすら反省の意を表し続けた。その結果として、東西冷戦の終焉という僥倖も手伝って、現在は「平和」という果実を手にしている。積年の仇敵であったフランスとは外務省の官僚レベルでの人材交流を行うまでになっており、通常の政権交代程度では変わりようのない不即不離の関係を築いている。

翻って我が国と東アジアの近隣諸国との関係は言わずもがなであり、日本は「信頼するに足る国」というブランドを完全に獲得することが出来なかった。「ブランド」とはその組織の努力を、組織の外側からの評価したものであり、決して内側に存在するものではない。これは、雪印や三菱自工の例を見ても明らかである。(「組織の内側にあるのは、努力とコストだけ」byピーター・ドラッカー)

先週我々が目撃した、中国の観衆達の行いは非礼かつ不作法で甚だ不愉快なものであった。あれを必要以上に過大視することはないが、今後の両国の関係を考えると全く無視しているというわけにもいかない。相手の非を唱えているだけでは何の解決にもならない。相手が納得できる言葉での対話なしに”あのMind”を変えるきっかけを得ることは出来ない。

”Soul”を変えることは出来ないが、”Mind”は知性によって変えることは可能である。


この番組の後半で、聖母教会復興を呼びかけた牧師のホーホ師と炎の彫刻の寄付を呼びかけ元反ナチス活動家のソプコヴィッツ氏が邂逅するシーンがあった。場所は、彼の従兄が17歳で処刑されたドレスデン市内のミュンヒェン広場。

ホーホ師がソプコヴィッツ氏に語りかけた言葉は「ドイツ人として悔やむのはどうしてヒトラーを排除できなかったのか?」「何百年たってもドイツの犯した罪は消えない。」というものであった。

その後、聖母教会の十字架を設置する式典に臨んだソプコヴィッツ氏が発した言葉は「いつまでも過去のことに拘っていてはいけない。未来を見つめて行かなければいけない。」というものであった。両氏の短い対話には互いに相手を斟酌した言葉が使われていた。これが和解というものの一例であろう。

尚、聖母教会の内部を含めた完成は来年の10月になる。再建当初の目標としていた「ドレスデン建都800年」にあたる2006年には間に合うようである。

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August 09, 2004

After the boisterous merrymaking

AFC Asian Cup China 2004は予想通りというか願望通りの結果で幕を閉じたわけだが、決勝戦開催地である北京のスタディアム周辺はこれまた予想通りの観衆達による争乱状態になっていたようである(実際の状況はタイトルのmerrymakingとは言葉の持つ本来の意味とは正反対であったようだが)

ジーコ采配や選手達のパフォーマンスに関しては、「AFC Asian Cup China 2004 ~ Final」でいろいろ述べたが、コンディションを含めてあの「逆境」の中で勝利した日本チームは本当に立派だった。強い意志を持って彼らのMissionを見事に達成したわけであるから。

ピッチ内では一応同じ条件・ルールの下で国を代表するナショナル・チーム同士の対戦で勝ちを収めたということは、大きな意義があった。あのような状況下では、「力の差」(あくまでサッカーという意味で)を見せつけるということは重要である。これは、ある意味でレアル・マドリーやバルサが手抜きをせずに対戦したJリーグ・チームを圧倒したこととも通じる。

Chinese riot after Japan win final(CNN)

さて、ゲーム終了後に準優勝した自国チームを称えることもせず、スタディアム周辺で騒ぎを起こし、その結果帰途に着こうとしていた日本選手団やサポータをかなりの長時間缶詰状態にし、外交官の車の窓を壊したあの観衆達の振る舞いは、フーリガンと同じレベルと言われても仕方がない。4年後に開催するオリンピック・ゲームのホスト・シティとしての資質を疑われるのも当然である。

最近の中国は対外的なアクティヴィティにおいて、オイルに関するイランとの接近、EUとのビジネスの拡大、北朝鮮問題に関する六カ国協議のホスト役など一定の成果をあげているようだが、内政に関する深刻な問題は未解決のようである。世界中で最もワイルドな資本主義経済が跳梁跋扈しているのが、ソ連崩壊後のロシアとともに共産党支配の中国というなんとも皮肉な状況が国内に大きな歪みをもたらしている。

有人宇宙船を打ち上げたり、オリンピックを誘致したり、愛国反日ムードを醸成したりして、貧富や地域格差の拡大などの本的質問題の解決から目を逸らそうとしても早晩その矛先は現体制に向かってくることは間違いない。今回の騒動で、損するところ最も大であったのは何よりも面子を重視する中国政府であろう。国内向けメディアでは、この騒動が全く報じられていなことが何よりの証拠である。

このように、中国当局によって主導・醸成された大国意識と反日感情が今回のサッカーの試合に向けられてくる程度なら、「大人の態度」で無視していれば良い。しかし、ネット上の反日を標榜する集団はことある毎に日本の政府機関や企業のサイトにクッラカー攻撃を仕掛けてくる。言うまでもないことであるが、現在も将来も中国を無視した我が国の経済は成り立ちづらいことも事実である。

従って、海を挟んでいるとはいえ隣国に敵対するマインドを持った人々の存在を放置しておいて良いわけがない。これは正に政治の問題である。日中国交回復後30年以上経過しているが、これまで巨額のODAを供与してきた日本政府、特に外務省や日中議連に名を連ねている政治家たちは中国当局と一体全体どんなコミュニケーションを図ってきたのであろうか?

愛国反日教育が当局の制御不能なサッカーで見せた敵対感情・行為を生み出した一因となったように、ものごとには原因と結果がある。戦前の日本の中国に対する行為がそのルーツになっていることは確かであり、それは事実として消し去ることは出来ないことである。しかし、中国との本格的な交流が始まってから30年、対中外交を担う関係者たちは過去の事実を乗り越えて未来志向の関係を築く真摯な努力をしてきたのか?甚だ疑問である。ODA供与をすれば事足りたと考えていたのではないだろうか?メッセージを持たない資金供与など殆ど役には立たない。

中国が過去に拘りすぎるという論調があるが、それを言っていても何の解決にもならない。政治の世界での交渉術というものは知らないが、ビジネス・コミュニケーションでは「相手の言葉」で語りかけるということは基本中の基本である。この基本を踏まえない交渉など時間の浪費であり相手を説得することなどできるわけがない。相手の非を正すにしても聞く耳は持たないであろう。/span>

この種の問題が起きた際、メディアの果たす役割も見逃せない。いくら報道の自由とはいえ、石原都知事に記者会見で、あの様に発する前から分かり切った発言を引き出す質問をする記者のセンスを疑う。日本での嫌中国感情を煽ろうとする意図でもあるのだろうか?出遅れメディアがそんなことをしなくともネット上に既に充満している。先日、戦前のニューズ・ウィークで日本に関する記事を抜き出した特集を読んでみたが、殆どの記事中に反日感情が満ちあふれており、戦争への米国の世論形成の大きな役割を果たしたと思わざるを得ない。

我が国の首相は相も変わらず「スポーツに政治を持ち込むのは・・・」などとスポーツ評論家でも恥ずかしくて言えない発言をしていたが、現在が正に自分の出番であることを認識している様子は全く見えない。目立ちたがり屋でパフォーマンスが大好きな首相なら、北京に乗り込んで日本チームを応援する意味でもAsian Cup Finalを是非とも観戦して欲しかったものである。イラクで水を配る以上に日本の「国益」に資することになることだと思うのだが。

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August 08, 2004

AFC Asian Cup China 2004 ~ Final

China 1 vs. 3 Japan

Japan Beats China in Tense Asian Cup Final(N.Y.Times - A.P.)

準決勝戦を勝ち上がるまでは、奇跡的な出来事や審判の珍妙な判定のお陰でハラハラしたが決勝戦は予想通りの勝利で終わった。普段はあまり納得できないFIFAのランキング(メキシコがイタリア、トルコより上位で、アメリカがポルトガル、デンマークより上位、全く納得できない!)通りの結果となった。

中国は戦前からの予想通りサイドからの突破を図ったが結果が伴ったのは1度だけで、これぞという決定力に欠けていた。強力なホーム・アドヴァンテージを背負っていたはずだが、寧ろプレッシャーとして働いたようだった。昔からあのチームの伝統である勝負に対する淡泊さが後半には露呈してしまった。ディフェンスは、どこかで見たようなと感じていたが、あれはトルシエのフラット3ならぬ出来損ないのフラット4であった。

翻って、ジーコ・ジャパンであるがこのアジア・カップでは「神様ジーコ」に勝利の女神が憑依し、それが選手たちを奮起させ難事を乗り切りアジア・チャンピオンの座に就いたことには大いに祝福を送りたい。

しかし今回の我がA代表、未だ解決すべき課題を抱えていることも明らかになった。まず、サイド攻撃が殆ど機能していない。次に、自陣からボールを回す際の安定感に欠け、見ていてもひやひやした。特に、中東勢との試合ではこれが顕著だった。ジーコの采配も、「勝っている場合には変えるな」という鉄則に従って先発メンバー固定に拘ったようだが、これが準々決勝や準決勝の消耗戦の原因になったような気がしてならない。(ジーコは「サッカーの神様」ではあるかもしれないが、「現場の神」ではないような気がする)

今回の最大の収穫はなんといっても、イケメン玉田のブレイクであろう。あのゴールへの鋭い嗅覚は今後のジャパンにとっては大きな武器となることは間違いない。MVPを獲得した中村であるが、個人的にはもっとやれるのでは?(やってくれ)と感じた。監督、チーム状態、シチューエーションに違いがあるので、同列な比較は無意味かもしれないが、前回の名波の活躍に比べると物足りなさを感じざるを得なかった。鈴木に関しては、彼が今回のジーコ精神の体現者であり、ただただ脱帽。

色々、お騒がせの彼の地の観衆であるが、決勝戦で中国との直接対決ということで興味を持っていた。彼らはサッカースタディアムに足を運ぶ人間の集団であっても決してサッカーのサポータではないことを今更ながら確信した。

過去の歴史的な経緯や現在の日中問題をタネに、自らは安全サイドに身を置き常軌を逸した非礼を伴って騒ぐのも結構だが、少なくとも彼らの多くが自国チームに対する愛情の欠片も持っていないことは、試合後のスタディアムの様子を見れば一目瞭然であった。表彰式に観客の半分も残らないほど中国チームは酷いパフォーマンスをしたわけではない。

EURO 2004の決勝戦で哀愁に満ちた表情を見せていた(我が?)ポルトガル・サポータとは雲泥の差である。美しき敗者たるにはサポータがその一部を担う必要がある。

だた、サッカーを離れてみると、あのようなマインドを持ち、振る舞いをする人々が隣国に存在するということは肝に銘じておくべきである。

Asian Cupのオフィシャル・サイトを見て気がついたことは、英語、中国語、アラビア語、ハングルはあるが日本語はなかった。AFCでのJFAのプレゼンスを実感した次第。

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August 07, 2004

Soupe al'oignon Gratine

時間を持て余していて且つ何も考えたくないとき何をするか?店主の場合は、シャツのアイロンがけか玉ネギを炒めるかのどちらかである。

ということで、暑い今日この頃どちらもあまり積極的にやりたいことではないが、後者の成果物で美味しいオニオン・グラタン・スープを楽しむことができるので簡単にご紹介する。

Onion.jpg玉ネギを2~3mmの厚さにカットし、フライパンにバターを溶かしブツブツと泡立ってきたら火を弱めて、玉ネギを投入する。最初は強火で、玉ネギが透明になったら弱火にして、炒める。そしてひたすら炒める。最低でも30分以上、できれば1時間かけると理想的である。

炒めた玉ネギは謂わば出汁の元みたいなものであるから、洋食系の料理には殆ど何にでも使える。当面作るものがない場合は冷凍しておくのも良い。

maggi.jpgさて、オニオン・グランタン・スープであるが、一番お手軽な方法はスープ・キューブ(あるいは顆粒)を湯に溶かし、それに炒めた玉ネギをいれる。それを耐熱の容器に入れとクルトンまたはメルバ・トースト(カリカリに焼いたトースト)をいれ、パルメジャーノ又は溶けるチーズをのせ、オーブン又はオーブントースターでチーズに焦げ目が付くまで焼く。

consomme.jpgもっとコクのあるレストラン風の味を求めるならば、スープ・キューブの代わりに缶詰のビーフ・コンソメを使うと良い。本格的なビーフ・コンソメをゼロから作るコストと手間を考えれば、缶詰は遙かに安上がりである。


glace.jpg

それでも物足りない人は、ちょっと反則技に近いものがあるが、グラス・ド・ヴィアンを大さじに1杯程度加えると驚くほど深みのあるオニオン・グラタンに変身する。(但し、グラス・ド・ヴィアンの缶詰はかなり高価)


以前、冗談のつもりでクルトンやトーストの代わりに焼き餅を使ってみた。ミスマッチとも思えたが、これも悪くはなかった。

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Der traditionelle Nachtisch von Bayern

先週末は深夜というよりは朝まで全く気に入らない『ジークフリート』の放送に付き合ってしまい、いつになくエントリでもボロクソに貶した罰が当たった為か当サイトは実質的夏休みになってしまった。(単に、サボっていただけです。)

先ずは肩慣らしで、軽い話題をと考えていたら、丁度ユウスケさんのメメンとモリ@New Yorkで美味しそうなメロンゼリーのエントリを拝見したのと、大分前にMein erster Blogの篠の風さんにリクエストをしてレシピをエントリにあげて頂いていたまま試していなかったデザートを実際に作ってみた。

himbeere_mit_ice.JPG

そのデザートとは”Himbeere mit Ice ”というもので、ミュンヒェンのオペラに行った際には少なくとも一度は幕間に頂くものである。オペラで上気した気分を鎮めるには恰好のデザートでこれを食し、当方が勝手に”ミュンヒェンの風”と呼んでいる、ベテラン歌手Alfred Kuhnが舞台で歌っていれば「また、ミュヒェンに来た」ということをしみじみと実感する。

この”Himbeere mit Ice”、バニラ・アイスクリームにホット・ラズベリーをかけるもので、冷たさと温かさ、甘さと酸っぱさが混じり合った不思議な食感のデザートである。是非一度お試しあれ。

発想から内容までパクリまくりの復帰で失礼。

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