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July 17, 2004

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いつの世も、どの世界でも、例えそれが仕事であっても人と人の間には、それがポジティヴかネガティヴかは別にしてビジネス・ライクとばかりに割り切れない複雑な感情が生まれるようである。

Lotte_Lehmann_2.jpg

先日のエントリ、Arabellaのヴィーン初演の状況を調べようと、ロッテ・レーマン(Lotte Lehmann)の『歌の道なかばに』を開いてみた。(このオペラが真の成功を勝ち得たのは、このヴィーン初演からと言われている)

この本を通読したのは、大分以前のことで内容の細かい部分は殆ど記憶に残っていなかったが、レーマンと指揮者クレメンス・クラウスの確執は修復不可能なほど拗れていたこが、改めて分かった。


アラベラのヴィーン初演時に、彼女は以下のように述べていた。

クレメンス・クラウスが指揮をした。彼について稽古をしていたこの時期は、私の全舞台生活中で最も苦しい想い出の一つと言ってもよい。彼にしてみれば、ドレスデンで私の代役をつとめた歌手がヴィーン初演でも歌えば、その方がよかったのではないかと、今にして私は思う。

彼女がこの自伝でクラウスに関して触れている部分は、

クラウスがヴィーン国立歌劇場監督就任時:
新監督は新しく一団の歌手を率いてきていたから、恐らくその他の全員がその場から消えてしまっても、一向意に介しはしなかったであろう。強烈な個性をもつ彼は執拗な一徹さで自分の身内に確執し、彼らのために働き、彼らのために指揮台に上った。
1931年9月3日フランツ・シャルクが亡くなったその葬儀の当日:
その夜私はエヴァを歌わなければならなかった。断ったのだが、クラウスはきわめて理屈に合った反論で応じた。「故人は、君がこの劇場に迷惑をかけることを望まれないだろう。」確かにそのとおりに違いなかった。だから、私は歌った。
クラウスがヴィーンからベルリン国立歌劇場へ転出時:
冬のシーズン中、私が現在と同じように「あちら」で過ごしているうちに、クラウスはヴィーン国立歌劇場を辞め、その通従者を伴ってベルリンへ去った。フェリックス・フォン・ヴァインガルトナーが応援にきた。彼は、いわば一座を新たに結成するという、大層報われない任務を引き受けることになった。クラウスが一座の大黒柱とも言うべき気に入りの連中をすべてベルリン歌劇場へ誘っていってしまったからだ。
彼女が新しい役のオファーを一度は「断る」という習慣に関して:
のちにクレメンス・クラウスがヴィーン国立歌劇場の監督になって、彼の指揮によるはじめての役を受けとったときも、私は例によって返送した。ところが、相手はシャルクではなかった。彼はこれ幸いと受理すると、別の歌手に回した。オペラより私よりも、その歌手の成功の方が彼の関心事であった。

我が儘の代名詞のようなプリマ・ドンナ、しかも若い頃はself-consciousnessとself-hatredの間を揺れ動いたロッテ・レーマンであるが、クラウスとは余程ウマが合わなかったと見える。この伝記は彼女がオペラの舞台の引退を考えていた頃に著されており、過去を振り返って自省の言葉も所々に見え、むしろクラウスに対する感情表現はこの程度で済んだともいえる。

彼女はリヒャルト・シュトラウスに関しては、1章を割いてその人となりやナチスとの関係を擁護しているが、巷間シュトラウスなどよりはるかにナチスとの関係が深かった(特にゲッベルスと)と言われているクラウスに関しては一顧だにしていないし、当時彼の愛人(後に結婚した)であったソプラノ歌手ヴィオリカ・ウルスレアックに関しては「代名詞」でしか触れていない。

レーマンにとって愛憎半ばしたオットー・クレンペラーとは全く対象的な存在がクレメンス・クラウスであったようだ。プリマ・ドンナは褒め称えるもので、敵に回すものではない、という教訓。

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Comments

初めまして(^^)
「ネコと映画と私」のともっちです。
訪問&コメントありがとうございました。
いろいろと多趣味で造詣が深くていらっしゃるのですね。
羨ましいです。
今度レシピ参考にさせて頂きます。

Posted by: ともっち | July 18, 2004 at 02:05 PM

コメントありがとうございます。

今流行りの「集中と選択」とは正反対な構成と、内容が解りづらいエントリのタイトルという、集客という観点では最悪のblogですが、ご興味を持って頂ける内容があれば、ご訪問頂ければ幸いです。

集客目的で芸達者なニャンコでも飼いましょうかね?(苦笑)

Posted by: Flamand | July 18, 2004 at 07:53 PM

はじめまして、いつも興味深く拝見しております。クレメンス・クラウスについていろいろと調べ物をしておりまして、ロッテ・レーマンの「歌の道なかばに」も近いうちに読んでみたいと思っておりました。長くWPhの主席第二ヴァイオリン奏者であったシュトラッサーも、二人の確執について書き残していますが、相当熾烈なものだったようですね。

Posted by: いち | July 18, 2004 at 09:48 PM

コメントありがとうございます。

音楽家はその結果(演奏)だけで判断されるべきで、その言動や人柄を云々するのは無意味という見解もありますが、凡人にとっては芸術の成果とは直接関係の無いその人となりなどのバックグラウンドの情報への誘惑を断ち切ることはなかなか難しいものがあります。

プロ・クラウスの方には心地よいエントリではなく、申し訳ありません。

しかし、クレメンス・クラウスという音楽家はなかなか強かな人だったようです。第三帝国時代はあれだけナチスとの関係を利用したにも拘わらず、戦後はしっかりと復活を遂げ、国を追われ寂しい晩年を送ったメンゲルベルクなどとは対称的でした。

このクラウスは、「オーストリア」という存在を映す鏡のような人だったとも言えます。ヒトラーによる併合時は多数の国民が歓呼を持って迎え、戦後自分たちは「あの時は被害者」であったと主張していた、オーストリア。

Posted by: Flamand | July 19, 2004 at 01:00 AM

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