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July 01, 2004

Arabella

1933年7月1日、ドレスデンにおいてシュトラウスの10作目のオペラ『アラベラ』(Arabella)が初演された。

エジプトのヘレナ』(Die Ägyptische Helena)を作曲する頃から、シュトラウスはホフマンスタールに対して『薔薇の騎士を継承するような、オペレッタ擬きの軽いオペラ』を作りたいと伝えていた。

ホフマンスタールは『エジプトのヘレナ』完成後に、このシュトラウスの要求に対し、「Der Fiakar als Count」という以前に書いた3幕のコメディのアウトラインを作曲家に送った。

シュトラウスはそれに幾分かの興味を示したので、ホフマンスタールはこの「Der Fiakar als Count」を真剣に検討をするが、オペラの台本には薄っぺらで不向きと判断し、遠い昔の作品「Lucidor」との統合を試みた。当初、台本は男声の主役にフォーカスが当てられており、これに対し作曲家は『薔薇の騎士』の成功は作者たちが目論んでいた、オックス男爵ではなく侯爵夫人マルシャリンの存在に起因しているとして、詩人に暗に修正を求めた。曰く、「例え、シャリアピンを呼んでこのクロアチア人の男の主役に充てても、いったい何人の客を劇場に呼べるだろうか?」

ホフマンスタールはそれを受け入れ、女声主役(アラベラ)をセンター・キャラクタに仕立て直して台本に手を入れた。これに合わせるように作曲家はこの新しいオペラのために、南スラブの民謡の研究を始めた。

1929年7月10日にホフマンスタールは、『アラベラ』の残っていた台本の最後の部分をシュトラウスに宛てて送った。それを確認した作曲家は感謝の電報を詩人に送ったが、それは本人によって読まれることはなかった。7月13日に自ら命を絶ったホフマンスタールの26歳の息子フランツの葬儀の当日、7月15日に詩人は心臓発作に襲われてその生涯を閉じた。

余人を持って代え難いコラボレータを失った作曲家は『アラベラ』の筆がなかなか進まず、1931年10月に全てのスコアを完成した。

シュトラウスは、当初ドレスデンでフリッツ・ブッシュの指揮でロッテ・レーマンを主役で初演するという目論みを持っていたようであるが、時代の情勢でそれを大幅に変更せざる状況になった。ナチスが政治権力を握り、ヴァイマール共和国大統領はヒトラーを首相に指名し、その後ナチスは一党独裁制を敷いた。当時のドレスデンの支配人アルフレート・ロイカーはユダヤ人であり、ナチに反対していたフリッツ・ブッシュとともにドイツから逃れてしまった。レーマンもナチ支配下のドイツでは歌わないことを宣言していた。実際、初演までには大小様々なトラブルが頻発したようである。

結局『アラベラ』は場所は同じドレスデンではあったが、指揮はクレメンス・クラウスの下、タイトル・ロールは当時彼の愛人であったヴィオリカ・ウルズレアック(後に彼の2番目の妻になった)の創唱で初演された。

シュトラウスはこの作品にそれほどの大成功を期待していなかった様子が伺えるが、ドイツ・オーストリアでは成功したオペラとなった。しかし、英米圏では「薔薇の騎士のイミテーション」という評価が付きまといそれほどの評価を得ることはできなかった。

『アラベラ』の舞台はフランツ・ヨーゼフ治世下の1860年代ヴィーンに設定されており、正に現在のヴィーンの街が形作られた時代である。「間違いの恋」とでもいうテーマで、一つ間違うと錯綜した解りづらいストーリになってしまうところだが、ホフマンスタールの台本は前作『エジプトのヘレナ』とは違ってよく整理されている。ホテルが舞台となっているため、その舞台装置から「階段オペラ」と呼ばれることもある。

このオペラは当初「オペレッタのような」と作曲家自ら語っていたように、美しく、リリカルなメロディに溢れている。アラベラ自身が歌うアリアや彼女をポートレイトするモティーフはシュトラウスが作り出したメロディのなかでも、最もエモーショナルでセンティメンタルなものである。

lisa_della_casa.jpg

このオペラの上演の難しさは、あくまでも個人的な想いであるが、タイトル・ロールに「人」を得ることの難しさだと思う。この役を歌うために巨大で強靱な声とかベルカント・オペラを歌うテクニックなどは必要はないが、ヴィジュアル的なアピールがないとこのオペラの魅力は半減してしまう。その意味でもこの作品はオペレッタ的である。

>第二次大戦後に活躍したスイスのソプラノ、リーザ・デラ・カーザ(Lisa Della Casa)が代表的なアラベラ歌いと呼ばれたのは単にその優れた歌唱だけが原因ではなかったのは、彼女がアラベラの扮装をした左の写真を御覧になれば納得頂けると思う。



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