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June 07, 2004

Unsmiling Maestro

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本日6月7日はジョージ・セル(György Széll)の誕生日。とは言うものの、店主にとって赤飯炊いて祝いたいほどの御仁でもない。

以前より本サイトにご訪問頂いておられる方には既にバレているとは思うが、店主の場合「音楽」≠「クラシック」、「音楽を聴く」≒「歌・声を聴く」、という指向がある。従ってシンフォニーなどオーケストラ作品(だけ)で手腕を振るった巨匠に対しては、それほどのシンパシーは感じていない、というのが正直なところである。

従ってこの巨匠の場合も、オペラを振らなくなってクリーヴランドに君臨した時代の演奏はあまり聴いた記憶はない。この時代のセルというと巷間、優秀な外科医のようにオーケストラを精査し、緻密な音楽を創り上げていくと言われているようだ。

しかし、録音が残されているヴィーンやザルツブルクでの彼が指揮するオペラを聴く限りにおいては、寧ろ彼はヴィーンで育まれた(確かにハンガリー生まれではあるが、3歳の時にヴィーンに移っている)音楽家であるという感の方が強い。その点ではマゼールやブーレーズの振るオペラとは大分趣きを異にする。ただ、クライバー(パパ)やクラウスのようにViennese charmをストレートに押し出すということもしない。

この世代のヨーロッパからアメリカに渡って活躍したマエスロ達は、何故かオーケストラに対しては絶対君主制(あるいは独裁制)をしいた人が多い。トスカニーニ、ライナー、そしてセルはその典型であろう。周囲からは、セルは「常に正しい人」と呼ばれ、オーケストラのリハーサルにおいては苛烈を極め、楽員からは非人間的とも言われていたようだ。

事実、クリーヴランドのオケに一時期在籍し彼と仕事をしたことがあるグァルネリ・クァルテットのアーノルド・スタイハートは「自分が機械の中の一つ歯車になった感じで、強制的に彼自身の解釈を押しつけてくる。優れた管理職ではあったが、グレート・ミュージシャンではなかった」と言い切っている。ホルンのバリー・タックウェルもLSO主席奏者時代のセル体験を振り返って「セルは音楽家としては尊敬するが、そのメソッドと演奏は大嫌い」と語っている。

まっ、死人に口なしでこの巨匠も言われ放題であるが、草場の蔭でニコリともせず、「So what?」と言っているような気がするのは店主だけであろうか?

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