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June 26, 2004

The German Nightingale

6月26日には、1870年にヴァグナーの『ヴァルキューレ』がミュンヒェンで初演、1912年にブルーノ・ヴァルターによってマーラーの第9番交響曲がヴィーンで初演、1921年にワグネリアン・テノールのヴォルフガンク・ヴィントガッセンがドイツで誕生、1916年にバリトンのジュゼッペ・タディがジェノヴァで誕生、1933年に指揮者クラウディオ・アッバードがミラノで誕生、など音楽界でのイヴェントが盛りだくさんな日である。

hempel.gif

この6月26日は、20世紀初頭から前半にかけてコロラトゥーラ・ソプラノとして活躍したフリーダ・ヘンペル(Frieda Hempel)が誕生した日である。彼女はライプチヒとベルリンで声楽を学び、1905年20歳の時にベルリン宮廷歌劇場で『ウィンザーの陽気な女房たち』のミセス・フォードでデビューした。一説では、彼女は当時の皇帝ヴィルヘルム二世のリクエストでベルリンに呼ばれたとも言われている。1907年に彼女はコヴェント・ガーデンにモーツァルトのバスティエンヌ、フンパーディンクのグレーテル、マイスタージンガーのエファの役を歌って登場した。

1914年にはビーチャム率いるドゥルリー・レイン劇場で『魔笛』の夜の女王、『薔薇の騎士』のマルシャリンを歌い大成功を納めた。このマルシャリンは初演地ドレスデンではマルガレーテ・ジームスによって創唱されたが、ベルリン及びMetでは、ヘンペルによって初演された。この役は現在は、スピント系のソプラノによって歌われることが多いが、当時はハイ・ソプラノによって歌われることが一般的だったようだ。

リヒャルト・シュトラウスは『ナクソス島のアリアドネ』(Ariadne auf Naxos)の有名なツェルビネッタの長大なアリア『偉大な王女さま』(Grossmächtige Prinzessin)を、ヘンペルが歌うことを想定して作曲したと言われている。ガルミッシュで作曲家の指導を受けたが、彼女の 喉頭炎が原因で1912年のシュトゥトガルトのプリミエでは、代わりにジームスによって創唱された。ただ、ヘンペルのギャランティが高すぎて実現できなかったという説もある。改作後の1916年版より高度な技巧が要求されるオリジナルの1912年版のアリアは、残念ながらジームス、ヘンペルの録音は残されていない。(現代の歌い手では、グルベローヴァが1912年版を録音している)

彼女は1912年に『ユグノー教徒』のマルグリーテでMetにデビューした。その後、トスカニーニの指揮の下でエファやオイアンテを歌い、その後7年間に渡ってMetにおいてガリチア生まれ(現ウクライナ)のマルセラ・センブリック(Marcella Sembrich)の後継者として、ロッシーニ、ドニゼッティ、ヴェルディなどのイタリア・オペラの主役も歌った。1919年にルイジ・リッチの『クルスピーノと死神』の舞台を最後にMetを去り、1921年のサン・フランシスコで40歳を迎える前にオペラの舞台から引退した。

Jenny_Lind.jpg

彼女はその後、活動の場をコンサート会場に移し1951年に引退するまでリサイタルを開いていた。彼女は当時としてはインテリジェンスを持った歌い手といわれており、オペラの舞台の引退直後には19世紀に活躍した”Swedish Nightingale”と呼ばれた伝説の名歌手を偲んで、”Jenny Lind Evening”というコンサートを各地で開いた。彼女はイェニー・リントを摸した当時のコスチュームに身を包み、やはり当時のピアノを使用し、時に自らそのピアノを弾きながらリントのレパートリを歌い大評判をとった。

彼女はロッテ・レーマンなどと殆ど同じ世代にも拘わらず、同時代の歌手に比べると一世代前の歌手という印象を持たれている。それは、彼女が当時としても、舞台デビューが早くしかも40歳手前でオペラの舞台を引退してしまったことが原因であると思われる。事実、彼女の残された歌唱の殆どが、電気吹き込み以前の機械吹き込みでの録音であることがその感を一層強くしている。

NimbusのPrima Voceシリーズなどで彼女の全盛期の歌唱を聴くことができる。ドイツ系のコロラトゥーラ・ソプラノによく聞かれる欠点である、咽を硬くしたしたような尖った声は一切なく、柔軟で軽やかしかも高域に非常に力感がある声である。これを聴くと当時の聴衆から持て囃され理由が容易に理解できる。当時実力のある歌手にありがちだった、自身の技巧を披瀝するために恣意的な歌い回しをすることなどは無く、清潔感のある歌唱だった。

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彼女より前世代のDivaで”Florentine Nightingale”と呼ばれたイタリアのルイーザ・テトラッツィーニ(Luisa Tetrazzini )と比べると、モーツァルトのアリアに関しては様式感という意味では明らかにヘンペルの方が納得いく歌唱を聴かせてくれる。(というか、 テトラッツィーニはモーツァルトも彼女の超絶技巧の展示のための材料としてしか扱っていない。気持ちが悪くなるくらい、甘ったるいモーツァルトで、これを聴く度に思わず笑ってしまう)


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