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June 29, 2004

The Florentine Nightingale

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つい2日前に”The German Nightingale”としてフリーダ・ヘンペル(Frieda Hempel)の話題を取り上げたばかりだが、6月29日は”フィレンツェのナイティンゲール”ことルイーザ・テトラッツィーニ(Luisa Tetrazzini )の誕生日。(6月28日生まれという説もある)

フィレンツェに生まれた彼女は、幼少の頃からやはりソプラノであった姉のEvaから声楽の教えを受けた。19歳でフィレンツェのPagliano劇場でマイヤーベーアーの『アフリカの女』でデビューした。主役のソプラノ歌手の病気休演が伝えられている時に、客席にいたテトラッツィーニは「自分が代わりに歌える」と訴え舞台に立ち、終演後聴衆から大絶賛を浴びたというドラマティックなデビューだったとされているが、後年これは巧みに仕組まれたことであったことが明らかにされた。当時、彼女は最初の夫でこの劇場のマネージャを務めていたGiuseppe Scalaberniの手引きで、リハーサルのバックステージに潜り込みそのパートを覚えて、自分を売り出すチャンスを狙っていたということである。

動機とやり方はどうあれ、それを見事にやってのけた根性と実力は見上げたものである。ただ、彼女はその後の舞台人生の節々でこのような陰謀紛いともいえる振る舞いを度々行った。

1891~1906年までイタリア、ヨーロッパ、南米、メキシコで歌い続け、1907年には「ヴィオレッタ」を歌って念願のコヴェント・ガーデンのデビューを果たした。この時も、当時のディーヴァであったオーストラリア出身のネリー・メルバ(Nellie Melba)の留守を狙ってコヴェント・ガーデンへの進出を果たしたと言われている。

ニュー・ヨークへのデビューもMetと当時オスカー・ハマースタイン1世のマンハッタン・オペラとの間で契約上のトラブルを引き起こし悶着の末、マンハッタンオペラではラクメや『清教徒』のエルヴィーラを歌い、Metでは1911~12年のシーズンにルチア、ジルダ、ヴィオレッタを歌った。

1934年に引退するまで、自身が原因の契約問題によるゴタゴタは常に彼女につきまとった。彼女がそのキャリアで築いた財産は、三度結婚した夫たちによって使い果たされ、1940年極貧の中で死を迎えた。「私は老いて太って醜い、しかし私はテトラッツィーニだ!」と言って息を引き取ったと言われている。

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この年代に活躍した歌手にしては、彼女の録音はかなりの数が残されている。これらの録音で聴ける彼女の歌は、コロラトゥーラ・ソプラノとして到達した一つの頂点の記録であると言っても過言ではない。ハイ・レジスターにおける声の力は尋常なものではなく、正確なスケール、ストップ&ゴーを繰り返すアジリタ、どれをとっても空前絶後の歌唱テクニックを聴くことができる。Pealによって5枚のCDに復刻された”Luisa Tetrazzini: The Complete Known Recordings ”は正に世界遺産クラスの記録と言える。(但し、酷い雑音を覚悟する必要があるが)

このPearl盤の雑音に耐えられない方には、EMIやNimbusの復刻CDを聴くことをお薦めする。

ただし、”The German Nightingale”のエントリでも述べたことであるが、これらの録音を聴く限り、彼女には作品に奉仕するなどという意志は全く持ち合わせておらず、どの様な作品でも彼女のスタイルで押し通した。従って、我々の耳には彼女の歌うモーツァルトなどは噴飯モノを通り越して、笑うしかないというシロモノであるが、当時の歌い手達ではこれは寧ろ当たり前の姿勢だった。

毀誉褒貶の多い一生を送ったテトラッツィーニではあるが、彼女が残した録音は歌唱芸術の金字塔を記録したものの一つであることは間違いない。

ネリー・メルバはサヴォイ・ホテルでの「ピーチ・メルバ」「メルバ・トースト」、シャリアピンは帝国ホテルでの「シャリアピン・ステーキ」と一世を風靡した歌手は料理やデザートにその名が残っているが、このテトラッツィーニも「パスタ・テトラッツィーニ」といういかにもイタリアンな料理にその名を残している。機会があれば、そのレシピもご紹介してみたい。

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