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June 11, 2004

The Birthday of Richard Strauss


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1864年6月11日、リヒャルト・シュトラウスはミュンヒェンで誕生した。(昨日の「手抜き」はこのため・・・。)

シュトラウスは頑固な古典派音楽の信奉者でバイエルン宮廷歌劇場の主席ホルン素者を務めていた父とビール醸造業者プショル家の娘である母とのあいだの長男として生まれた。当時の典型的なブルジョワ階級(中産階級)の出身であった。

モーツァルトのような”child prodigy”と呼ばれるほどではないにしても、幼少の頃からその音楽の才能は並はずれたものであったようだ。長じて、ハンス・フォン・ビューローの引き立てにより就任したマイニンゲンの宮廷楽団の副指揮者を振り出しに、彼の音楽的才能は指揮台という現場によって鍛えられ、磨きがかけられていった。19世紀末には、その交響詩によって作曲家としての名声を既にを確立していた。ただ、忘れてはいけないのは、生涯に渡って彼は第1級の音楽の解釈者(指揮者)でもあったということである。

シュトラウスは19世紀から20世紀の半ばまで活動した音楽家であるが、個人的には彼はきわめて20世紀的な人であったと考える。彼は19世紀の大作曲家達のような、その人生の全精力を作品に注ぎ込むといった芸術至上主義的な思考や振る舞いとは全く無縁であり、あくまでもその人並はずれた才能を音楽というビジネスにおいて行使した人である。

近代から現代へと政治・経済、生活、文化、技術など社会を取り巻くもの全てが大変化した時代において、その時々の劇場に足を運ぶ聴衆に満足を提供することを何よりも大切にした人であった。また、その努力に報いる成果(報酬)に対しても大いに拘った人である。

従って、シュトラウスはある意味で19世紀の作曲家気質の残滓を宿していたマーラーとは、互いにその作品の価値は認め合ってはいても、決して”同志”には成り得なかったのは当然であろう。

シュトラウスは生涯に15のオペラを作曲した。『サロメ』、『エレクトラ』の後に『薔薇の騎士』を発表したことに対する、ドローバックあるいは先祖返りなどという世間の評判・非難などは、本人にとってはどうでも良いことであり、彼自身はこれを恥じることも矛盾も毛筋ほどにも感じていなかった。その証左は、初演当時には聴衆からの大きな支持を勝ち取り、そのまま現代のオペラハウスにおいてもこれらの作品は主要なレパートリとして定着していることである。

マイケル・ケネディはその著作『Richard Stauss Man,Musician,Enigna』の冒頭で、シュトラウスを理解するためには彼の持つパーソナリティの3つの基本的な要素を認識する必要があると述べている。それは、1.彼はドイツ人であることに誇りを持っており、その芸術・文化を尊重し愛していた。2.彼はブルジョワ階級(中産階級)に属しており、それに満足していた。3.彼は人生とモラルを律する上で「家族」を何よりも重視していた。

このようなシュトラウスであるから、作風は非常に洗練された技巧を凝らしたものであり、当然のごとく聴衆の「受け」を狙った音楽である。有名な『薔薇の騎士』のワルツなどは、ヴィーンの洗練味とバイエルンの野暮ったさが綯い交ぜになっておりシュトラウスの面目躍如といったところだろう。

『英雄の生涯』、『家庭交響曲』、『インテルメッツォ』などはその作曲の経緯からアンチ・シュトラウシアンの批難の的になっている。また、作品全体が技巧に走った精神性に乏しい内容空疎な音楽という批判も良く聞かれる。

これらは全て当を得ているとは思う、しかし個人的には”So what?”。店主としてはグレン・グールドが語った”Strauss was the greatest musical figure who has lived in this century”という意見に両手を挙げて賛意を表すものである。(the greatestの前にone ofが付いていないところが良い!)

件のグレン・グールドのシュトラウスへの傾倒ぶりを顕す逸話をひとつ。

その昔、シュヴァルツコップとシュトラウスのリートを録音する際、なんとグールドは彼女に歌唱指導をしたとか。グールドはそれだけでは飽き足らなかったらしく、この録音ではシュヴァルツコップの歌声の蔭で唸りとも鼻歌ともつかぬ「暗騒音」を聞くことができる。

後年、シュヴァルツコップはこの「雑音」に関しては触れてはいないが、寒がりのグールドのために強烈に暖房されたスタジオが咽のためには最悪で閉口したと語っていた。EMIの録音ではなかったため、口出しはできなかったようだが、もし夫君ウォルター・レッゲのプロデュースであれば、この録音の発売は許さなかったと思う。

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