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June 06, 2004

Die Ägyptische Helena

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我が国で古来より、芸事の稽古初めは数えで六歳の六月六日とされていたが、今を去ること約3/4世紀前の1928年6月6日にはドレスデンのザクセン国立歌劇場(Semperoper)において『エジプトのヘレナ』が初演された。

指揮はフリッツ・ブッシュ、タイトル・ロールはエリーザベト・レトベルク(Elisabeth Rethberg)で上演された。初演に際しては、シュトラウスとホフマンスタールの間にタイトル・ロールを巡って一悶着あったようだ。当初、ホフマンスタールはマリア・イェリッツァ(Maria Jeritza)を念頭に台本を書いていた。シュトラウスは要求されたギャランティが高すぎて彼女をドレスデンに呼ぶことが出来ず、レトベルクを主役にしたい旨を台本作家に伝えた。

ホフマンスタールはシュトラウスの「レトベルクはアメリカから戻ってから、以前に比べ大分垢抜けした」、という言葉に対して「彼女の見てくれの問題ではなく、その度し難い演技力が作品を台無しにする」、と珍しく怒りを露わにしたが、結局シュトラウスが選択した歌い手のままで初演はとりおこなわれた。シュトラウスは前作『インテルメッツォ』の初演者であるロッテ・レーマン(Lotte Lehmann)が意中の人であったようだ。

初演の5日後には作曲家の指揮の下、イェリッツァのヘレナでヴィーンにおいて上演された。その年の10月にはマリア・ミュラー(Maria Müller)を主役にベルリンで、さらに11月にはMETでやはりイェリッツァを主役に上演された。滑り出しは好調であったこのオペラであるが、その後現在に至るまでシュトラス円熟期の作品にしては滅多に上演される機会がない。1933年のザルツブルク音楽祭と1940年にミュンヒェンで上演する際にクレメンス・クラウスやルドルフ・ハルトマンの意見を入れて部分的に手を入れたのだが。

この作品、今年の初めに二期会で日本初演されたのだがそれを見逃したため、幸か不幸か未だ実際の舞台でお目に掛かったことがない。1980年代の終わりにミュンヒェンでサヴァリッシュによるシュトラウスのオペラ全作品上演時のラジオ放送や、ドラティ盤、クリップス盤カイルベルト盤の録音を聴く限りにおいては、『影の無い女』や彼の最晩年の趣を想わせる部分もあり、音楽的にはかなり充実しておりゴージャスな声楽も聴くことができる。

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実際の舞台を見たことがないので断言は出来ないが、ごく希にしか上演されなくなった理由は、台本にその原因があると思われる。有名なトロイア戦争の原因となったヘレンであるが、ホフマンスタールはギリシア悲劇詩人エウリピデスの『ヘレナ』に着想を得たらしい。ここいら辺の詳細は浅学非才な店主の解説などよりは、CLASSICAのサイトに掲載されている、二期会の上演時のプログラムに寄稿された野口方子さんの『トロイアのヘレナとエジプトのヘレナ』をご参照願いたい。

”忘却”による和解、救済がテーマになっているようで、詩人(ホフマンスタール)としては自ら成したオペラ台本の最高傑作と考えていたが、どうやら聴衆の多くは同様には受け止めなかったようである。ホフマンスタール一流の象徴主義的で哲学的内容が盛り込まれているようであるが、粗筋を読んでみても今ひとつ舞台上の場面を容易に思い浮かべることが出来ない部分が多々ある。

エジプト王女のコンパニオンとかいう、何でも知っている紫貝というアルトが歌う役があるのだが・・・。『影のない女』の『鷹』以上に舞台上での扱いが難しそうである。

『エジプトのヘレナ』はホフマンスタールが自ら完成したオペラとして舞台で接した最後の作品となった。


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Comments

詳しい解説、ありがとうございました。
もう10年以上も前のことですが Sawallisch の指揮でこのオペラに参加しています。もう誰が歌ってどうだったか、ということは記憶の彼方に飛んでいますが、わたしの目の前でエキストラの若い女性が見事なトップレスで、くねくねと踊っていたのだけはハッキリと憶えています。役得でした(^_^;)。

Posted by: 【篠の風】 | June 07, 2004 at 03:37 PM

コメントありがとうございます。

1987年にサヴァリッシュがシュトラウスのオペラの全曲上演したときではないでしょうか?NHKのFMで放送された録音を聴いた憶えがあります。確かギネジョンがヘレナを歌っていたと記憶していますが、定かではありません。

Posted by: Flamand | June 07, 2004 at 04:07 PM

CLASSICAのマスターにメールを頂いて、こちらにのこのこやって来てみれば・・・・
「この人、鋭い・・・だ、誰!?」と、ドキドキしながらプロフィールを拝見して、納得しました。ホッとしたと言いますか・・。なんだか恐縮でございます。
このネタに関しましては、恩師からのお手紙と、先日の独文学会での後輩の発表を聞いて(直接《ヘレナ》に関して、ではなかったのですが)、これはもっときちんと練り直そう、と大いに反省しているところです。また文章にした暁には、お目汚しする機会もあるかも知れません。
全知のMuschelですが、二期会の公演では、天井から貝とおぼしき形のカゴ?の中に、歌手が入って歌っていました。高所恐怖症の人だったら厳しいな~、私だったらダメだな~と思って見ていました。

Posted by: Ursula | June 09, 2004 at 12:41 PM

ご訪問&コメントありがとうございます。
ご無沙汰しております。

ヘレナは「世界最高の美女」ということになってますので、なかなか人を得るのが難しいのでしょうかね(^^ゞ?イェリッツァが歌わなくなったので急激な下降線を辿ったという説もありますね。場所はどこかは忘れましたが英国での初演は1997年だったそうです。

貝は「吊しモノ」で処理しましたか。確かに、被り物ぢゃ「アミダ・ババァ」になっちゃいますもんね(爆。

ということで、そのうちにCapriccioに関してもお願いしたいものです。よろしく!

Posted by: Flamand | June 09, 2004 at 06:46 PM

そうそう、天井から「吊るした」の一語が脱落してましたです。

イギリスでの初演も1997年ですか・・・・。音楽学会のほうの師匠に、「確かに日本では珍しい演目だけれど、世界的に見れば、どこかしらで大抵やっているんじゃない?」と言われて、肝を冷やしていたんですが、大英帝国でも最近か、と、少し安心(いみふめ)。

「ヘレナ」の名前の表記ですが、私は、ホフマンスタールのエッセイ中の表記が、エウリピデスの作品に関しても"Helena"となっていたので、「ヘレナ」にしたのだけれども、原語的に表記すればやっぱり「ヘレネ-」なんでしょうかねぇ。先ごろ観た映画《トロイ》では「ヘレン」と呼ばれていて、「そりゃー英語ではそうだよねー」と思ったりしたもので・・・

#それにしてもあの映画、メネラスがパリスを仕損じた挙句に、自分がこんなところで死んでしまってもいいのか? アガメムノンはトロイアの巫女に殺されちゃうの?? という感じで、私にはいささか疲れる映画でした・・・・ブラピも全然好みじゃないから、余計に辛かったかも・・・・

Capriccioに関しては・・・もっとオトナになってから・・・(爆)

Posted by: Ursula | June 09, 2004 at 09:59 PM

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