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May 17, 2004

The nordic icy Diva


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聖地バイロイトをはじめ、ヴィーン、ミュンヒェン、スカラ、コヴェント・ガーデン、METなど第2次大戦後の世界の主要なオペラ・ハウスに「ブリュンヒルデ」、「イゾルデ」、「トゥーランドット」として君臨したドラマティック・ソプラノ、ビルギット・ニルソン(Birgit Nilsson)の誕生日が本日5月17日。

同じような持ち役を歌ったワグネリアン・ソプラノとしては、個人的にはアストリッド・ヴァルナイ(Astrid Varney)によりシンパシーを感じるが、ニルソンが戦後のオペラ界のスーパー・スターの一人であったことは異論のないところである。

スウェーデン南部の農家の娘として生まれ、1946年にストックホルムで急遽代役として「アガーテ」でデビューをしたが、本人曰く「それなりの出来」で決して満足のいくものではなかったらしい。彼女がオペラ歌手の道を歩むように励ましたのが、当時ストックホルムにいたフリッツ・ブッシュだった。

その後ヴィーンやミュンヒェンでは、それまでドイツ語でヴァグナーを歌った経験が無く、しかもリハーサル嫌いなクナッパーツブッシュの下で必死にジークリンデ、ブリュンヒルデ、イゾルデの諸役をマスターしていくことになる。ニルソン自身は54年頃までは横隔膜の正しい支えが出来ておらず、本格的な高音域の声が出なかったと語っている。ただ、ドイツ語のディクションが若干不明瞭だった欠点は最後まで直らなかったように思う。

ニルソンはヴィーラント・ヴァグナー演出の新バイロイト様式を舞台上で具現化した歌手として、ヴァルナイ、ヴィントガッセン、ホッターなどとともにその名を残している。

彼女はヴァグナー、シュトラウスなどドイツ・オペラの他にヴェルディ、プッチーニのイタリアオペラもレパートリとしていたが、聴いていてその声の質から来る違和感は否めなかった。しかし、「トゥーランドット」だけは全く別物で、凄みと迫力に満ちたアイスフォールを想わせるような歌唱は他に類を見ない彼女のはまり役の一つになった。

METでストコフスキーが指揮をした「トゥーランドット」では、カラフを歌うフランコ・コレッリとHigh Cをどちらが長くのばせるかというバトルを舞台上で繰り広げたことは、有名な話である。彼女には他にも、勝ち気で茶目っ気のある性格を反映した逸話が数多く残っている。

アメリカン・スカンディナヴィアン・ファンウデーションで、彼女の名を冠した声楽コンクール(Birgit Nilsson Opera Competition)が3年に1度開催されている。

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