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May 18, 2004

Frau De Kowa-Tanaka ~ その1

先週末、ふらりと入った古本屋で文庫本を眺めていた時、ふと目に止まって買い求めたのが、『ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌』(角田房子著、新潮文庫:現在廃刊中)。本日5月18日はFrau De Kowaこと田中路子の命日である。

田中路子は1909年、角田房子は1914年生まれでともに第二次大戦前直前の同じ時期にパリに滞在していたが、当時は互いに知り合うことなく田中路子はそのままヨーロッパに残り、角田房子は帰国した。

戦後、作家の道を歩み始めた角田房子が『田中路子を書いてみないか?』という文藝春秋の勧めで、1960年にベルリンのヴィクトール・デ・コーヴァ邸に路子を訪ねた。そのインタヴュ記事が文春に寄稿された後、両者は20年間に渡って幾たびかの出会いを重ね本書は上梓された。

二人は年齢も近く、似たような階層(戦前に子女を海外に遊学させることができるような)で成長したためか、取材をされる対象と作家という関係を超えた友情が培われたようである。

田中路子は高名な日本画家田中頼璋の娘として神田に生まれ根岸で育った。小学校時代の同級生には中村勘三郎がいたそうである。東京音楽学校で声楽を学んでいるときに、当時の新響(現在のN響)のチェロ奏者としてドイツから帰国した斎籐秀雄と道ならぬ恋に落ち、そのほとぼりを冷ますために、両親の意向でヴィーンに留学した。世間体を憚った、体のいい「国外追放」である。

ただ、田中路子という人はこの時代の女性にしては珍しく(恐らく?)、過去の事には全くと言っていいほど拘泥しない性格だった。留学のきっかけとなった東京での事件などきれいさっぱりと忘れたように、未だハプスブルク帝国の名残を留めた大戦間のヴィーンでの暮らしを積極的に楽しんだようである。常に「今」を生きた人で、或る意味で究極のお嬢様であったようだ。

彼女は当時(1930年)全盛期のプリマドンナ、マリア・イェリッツァの「サロメ」を聴いて、本格的に歌の道を歩む決心をしたらしい。ヴィーン音楽院の声楽科に入学し、半ばお目付役ともいえる駐墺公使の後ろ盾でヴィーンの社交界にも出入りするようになる。

そこで、路子のその後の生涯に決定的な影響を及ぼす人物に出会うことになる。その人とは、現在でもグラーベンにその名を冠した店舗(Julius Meinl)がある、当時オーストリアのコーヒー王と呼ばれた大富豪ユリウス・マインルであった。

路子の社交界での自由奔放な振る舞いは、当時のヴィーンの在留邦人の間では評判は芳しくなく、公使館による本国送還命令が下される寸前の事態にまでなっていた。

路子とマインルは親子ほど年が離れていたが、彼女は既に妻を亡くしていたこのオーストリア屈指の実業家の求婚に応じて彼の妻となった。結果として、この結婚によって本国送還を免れたことになった。現在でもドイツでは路子の生年が1913年となっているのは、結婚に際して取得したオーストリア国籍と同時に発行されたパスポートの記載の間違いがそのままになったためである。

マインルは単なる実業家ではなく、芸術にも造詣の深い一級の知識人・文化人であり、シュテファン・ツヴァイクアルトゥール・シュニッツラートーマス・マンなどとの親交も深かった。路子はマインルの庇護の下、声楽の修行を続けると同時に在留邦人の顰蹙と羨望を買いながらも当時のヴィーン社交界での活躍が始まった。

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Comments

この方、なにかの本で読んだのですが、本の題名を忘れてしまいました。日本からの留学生はずいぶんお世話になったみたいですね。続き、を楽しみにしています。

Posted by: 【篠の風】 | May 19, 2004 at 04:17 AM

田中路子さんは、戦中・戦後にかけてデ・コーヴァ夫人としてドイツではかなり有名な方だったようです。

角田さんは本書の執筆に当たって、当時芸大助教授だった原田先生にも取材しています。先生は1964年から1年間、奥様と一緒にベルリンのデ・コーヴァ邸に滞在し、路子さんに歌の指導を受けたと語っておられます。ベルリンで生まれたご長男はデ・コーヴァ夫妻に非常に可愛がられたそうです。

Posted by: Flamand | May 19, 2004 at 12:24 PM

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