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April 16, 2004

Götterdämmerung ~ Siegfried

「黄昏」をつまみ聴きしたので(Götterdämmerung ~Brünnhilde)、ブリュンヒルデだけでは片手落ちのような気もするので、ジークフリートに関しても触れてみる。

そもそも、店主はオトコの声にはあまり関心がない。特にヘルデン・テノールなどは最も興味から遠いところにある。オペラに関してもスタンダード・レパートリといわれている「ボリス・ゴドゥノフ」、「シモン・ボッカネグラ」、「パルジファル」などやたらオトコの声ばかり目立つ演目はまず滅多に聴かないし、聴きたいとも思わない。

閑話休題、「黄昏」のジークフリートである。(本来ジークフリートを聴くなら全幕殆ど出ずっぱりの第2夜の「ジークフリート」を聴くべきであろうが・・・)

先ずは、スカラ盤でのフラグスターの相手役であるマックス・ローレンツであるが、少々まともなジークフリートを聴いたことがある人なら、思わず「え”っ!」と叫ぶのではないかと思う。

確かに戦前のドイツで大活躍したヘルデン・テノールでこの録音時点では歌手としては殆ど終わっているヒトであったが、その歌い崩しは半端ではない、スコアを殆ど無視しているのでは?と疑いたくなる。「恣意的」という言葉が最もふさわしい歌唱の一つである。

よくも、このジークフリートをフルトヴェングラーが容認したものだと呆れるやら、感心するやら。このローレンツの歌を聴いていると、「ジークフリートってホントに馬鹿だったんだ!」と妙に納得してしまうところが恐ろしい。だた、昔は凄かったんぞ!という風格は感じさせるが・・・。

次は、55年盤の若きニルソンの相手を務めたベルント・アルデンホッフ。ローレンツに比べると、非常にまっとうなジークフリートである。歌い崩しなどなく、安定した立派な歌唱を聴かせている。一見非の打ち所が無いようにも見えるが、あまりに安全運転すぎて面白みに欠ける。「ジークフリートって、もしかしてインテリだったのかも?」という疑問が浮かんでしまう。いや、ジークフリートにしてはまともすぎる、アルデンホッフは。

最後は、56年のバイロイトでのヴァルナイに対するジークフリートは戦後のヘルデン・テノールを代表すると言われたヴォルフガンク・ヴィントガッセン。この人の歌は巷間言われているようによく走るし、時々突っ走る。ローレンツのようなひどい歌い崩しはないが、アルデンホッフの端正な歌唱に比べると気持ちが完全に前のめりで、落ち着きのない印象を与える。ただ、声の若々しさはこの時期のヴィントガッセンの大きな魅力ではある。「ジークフリートって、やはりちょっと足りないのね」という感じは良く出ている。ショルティ盤のヴィントガッセンはこれに比べると走り癖は変わらないが、声には加齢の跡を感じさせる。

それぞれの相手役を務めたブリュンヒルデの立派な歌唱に比べると、どのジークフリートもかなり問題を含んでいる。ただ、理想のジークフリートは?と問われても、店主は「ん~」と唸るしかない。台本を見てもこのジークフリート、殆ど思考停止状態の上やることなすこと支離滅裂でヴァグナーの意図した英雄像は全く理解不能。おそらく、ジークフリートみたいなヒトにしか、その理想像は思い浮かばないのであろう。

Götterdämmerung ~ Hagen & Gutrune  >>>

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