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March 30, 2004

Prima la musica, poi le parole (dopo le parole) ~ その1

タイトルは店主(Flamand)としては後者なのだが、今回はサリエリの話題なので・・・。

幸四郎・染五郎親子の「アマデウス」の再演、CLASSICA - What's New!の『評伝「サリエーリ」(サリエリ) その1』、ガーター亭別館の「サリエリかぁ。。。」、拙文のチェチーリア・バルトリの近況など、このところ巷ではサリエリの話題がよくとりあげられている。(最後のは手前味噌です。すいません。)

屋上屋を重ねるようであるが、何故サリエリが最近話題になるのかを考えてみたい。iioさんが紹介されている、水谷氏の著作「サリエーリ―モーツァルトに消された宮廷楽長」は全く読んでいないが、もし被るようなところがあればご容赦願いたい。

サリエリは生前、特に19世紀初頭まではモーツァルトなど足下にも及ばないほどの、栄華と人気に包まれていたのはご存じの通りである。それがなぜ泡沫の夢とばかり消え去り、忘れられた作曲家になってしまったのであろうか?

店主は、少々月並みではあるが「時代の変化」が最も大きな要因ではないかと考えている。いつの世にも、時の移ろいに伴う変化は付きものではあるが、連続的・継続的な変化の時代(例えば、我が国では江戸時代)と前の時代とはある種の断絶が起きる不連続変化の時代がある。

サリエリは正にこの後者の時代に生きた人である。この時代の不連続変化の象徴的な事件はやはりフランス革命であろう。バルトリはサリエリをグルックなどの古典派とロマン派をブリッジする役割を果たした重要な作曲家と位置づけているが、店主は明らかに18世紀の環境に依拠した作曲家だと考える。オペラだけでも40曲あまり作っているはずだが、主要な作品は19世紀に入ってからのものは殆どない。

絶大な人気や地位を勝ち得ていたということは、当時のパトロンや観客の期待に充分応える作品を提供していたであろうし、その期待の微妙な変化も読み取り作品に反映させていたのであろう。ということは、取りも直さず大衆が嫌う「前衛的」な作品に力を注がなかったことは想像に難くない。

しかし、不連続変化の時代においては過去の成功体験の大きさがそのまま失敗の原因になるということがビジネスの世界ではよくおこる。そういう意味でサリエリ及びその作品はあの時代が経験した大きなギャップを渡りきることが出来なかったのでは?と想像する。

我々は、18世紀から19世紀への大変化を歴史の流れとして俯瞰して見ることも出来ようが、当時の人々はその劇的変化の渦中にいて、そんな余裕があったとは思えない。政治・文化をはじめとして全ての場面で、新・旧の時代の激しいせめぎ合いがあったに違いない。従って、芸術の分野においても旧時代の象徴的かつ中心に位置していたサリエリの作品は、或る意味意図的に忘れ去られたのではないだろうか?

ところで、iioさんのクイズであるが、時代的にはロマン派の作曲家と読んだ。ヒントにある「ブランシュ夫人」とはナポレオン帝政時代の大プリマ・ドンナであったカロリーヌ・ブランシュ(舞台上で歌うのではなく、大声で叫ぶフランス・スタイルの最後のプリマ)ではないか?と想像する。

従って「オペラ座」というのはパリであると睨んだ。これらの状況証拠と、あと1つのキーワード、「私が混乱と興奮で陥った忘我状態」から類推すると、店主は「Hector Berlioz」にスーパーヒトシくん。

確かパリジャンではなく「山出し」だという記憶があるので「山奥」というのは当たっているが、果たして「船乗り志望」だったかどうかは全く不明。確か作曲家を志す前は医者になる勉強していたはずだし・・・。ここいらへんが不安材料。

>>> Prima la musica, poi le parole (dopo le parole) ~ その2

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Comments

 お見事!正解です! 推理の過程も含めて、鮮やかであります。
 「船乗り志望」云々はたぶん単に比喩的な表現なんでしょうね。

Posted by: iio | March 31, 2004 at 03:13 AM

いつもながら刺激的なエントリ、有り難く存じます。
サリエリの「後衛」性、ヴィーンのために書かれた、「Prima la musica」や「Falstaff」等オペラ・ブッファについては全くその通りだと思いますが、「Armida」、「Europa riconosciuta」(共に抜粋しか聴いてませんが。後者はスカラのオープニング公演の放送で全曲聴けそうです。)等のセリアや、特にパリのために書かれた「les Danaides」や「Tarare」等tragedie lyriqueは、結構19世紀へ顔を向けて、ケルビーニやスポンティーニ、遙かにロッシーニを予告する先取性も含んでいると思います。「Tarare」やそのヴィーン向け全面改作伊語版「Axur」はセリア・ブッファ・抒情悲劇の総合というドン・ジョヴァンニ的「実験性」さえ持っており、しかも後者はヴィーンで大成功だったそうですが、音楽そのものは、私には陳腐に響き、やはりモーツァルトの天才の光芒は感じません。
私個人は、ある音楽の浮沈を「歴史的審判」や「趣味の変遷」のみで説明し切るのは難しいと考えており、興行師の手腕とか初演の演奏水準等「形而下的」偶然性の演ずる役割も小さくないと思っています。サリエリについては、「先取性」はあったが、後世にとっての「価値的輝き」(見事に論点窃取の概念ですが)が欠けていたとしか言いようがありませんが、私個人が、モーツァルトのほぼ同時代人で「価値的輝き」があると考えるTraetta(彼には「先取性」も), Gassmann, Myslivecekの一部作品の忘却には、何とも月並みですが「偶然」以外の説明が思い浮かびません。

Posted by: Gerhard | September 19, 2004 at 09:31 AM

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