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February 10, 2004

私をスキーに連れてって その2
~ 2004年のスキー考現学 ~

<<< その1

スキー映画といえば、ハンネス・シュナイダーがA.フィンクと制作した「スキーの驚異」(これ、SAJの指導員検定の問題でよく出題される)に始まり、コルティナ・ダンペッツォでの初の五輪3冠王になったトニー・ザイラー主演の「白銀は招くよ」「黒い稲妻」、日本で撮影した「銀嶺の王者」、クロード・ルルーシュのグルノーブル五輪記録映画「白い恋人たち」、ちょっと変わったところで若き日のロバート・レッドフォード主演の「白銀のレーサー」などあるが、自分にとってのスキー映画といえば、「私をスキーに連れてって」に留めを刺す。

ホイチョイ・プロダクション&フジテレビの1987年制作という正にバブルのスウィートスポットをヒットした作品であり、公開当時でもかなりの数のアンチ派が自分の周りにも存在していた。

ある(あらゆる?)意味で、「罰当たりなバブルムービー」をスキー映画のトップに据えた理由は、あの映画の内容を個々のエピソードに分解すると、殆ど自身で体験した現実と重なるからである。

「私をスキーに連れてって」は、正に実際にあった(であろう)エピソードを映画的手法で調子よく予定調和に向けて繋ぎ合わせて作り上げた映画だった、と言える。

公開当時、主人公たちと同世代の人たちがどの様にあの映画を観たかは知る由もないが、あの年代から外れていた(勿論「上」にである)自分にとっては、体験した現実の集大成を見せられたような心持ちであり、「世間もやっと追いついてきたか?」などという不遜な感慨に耽ったことを思い出す。

自省の念を込めて、それまでの自身のスキー・ライフ(だけか?)を振り返ってみると、かなり「罰当たり」なものであった事実は否めない。スキー板はほぼ毎シーズン、ブーツは2シーズン毎に買い換えており、学生時代は殆どバイトもせずに、雪の上に全く立っていなかったのは8月~10月などというシーズンを過ごしたこともあった。

「いつまでもあると思うな、親と金」という言葉が身にしみる今日この頃である。(尤も、後者は別にして、前者は未だ厳然と存在しているが・・・)

この映画を自分の事情から一歩退いて見ると、当時ヒットした理由として、好き嫌いは別にして松任谷由実の音楽の存在は無視できないものがある。あの期を境に、「わたスキ」→「Yuming」→「Surf & Snow」→「苗場プリンス」というボールドラインが確立されたワケである。

もう一つ忘れてはならない功労者は、テクニカルアドヴァイザーを務めた海和俊宏氏の存在であろう。この手の映画にしては、スキー滑走のシーンは抜群の出来で(その点、約8年後に公開された「ゲレンデがとけるほど恋したい」はかなり悲惨だった)、海和氏本人もさり気なく画面に登場しているのも良い。(前走で滑るシーンはファンタスティック!)

三上博史のスタントを務めたと言われる、当時のデモ選のスターだった渡辺三郎氏の滑りも秀逸であった。

そんなこんなで、近年は初滑り前には自ら景気付け&気合い入れのために、一度はこの映画を観ることにしている。


 つづく >>>

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